武蔵溝口「斉/SAI」  

この料理を食べてもらいたいと、いろんな人がまぶたの裏に浮かぶ。

食べ歩き ,

斉さんの料理は優しい。
おいしい香りをくゆらせながら現れて、食べれば、気分を穏やかにする。
個性的な料理もあるけど、台湾人として日本の食材を見て、こうしたら活かせるんじゃないかと素直に考えたしなやかさが、一つ一つに染み入っている。
それは料理人として、こうしたら面白いという発想ではあるが、それ以前に、こういう料理を作ったらあのお客さんに喜んでもらえるんじゃないかという思いがあったからこそ、優しいんではないだろうか。
「マッキーさんは、私の店でどんな料理がお好みだったんですか?」
「納豆炒めと納豆チャーハンです」、優しい微笑みを浮かべながら尋ねられた斉さんに即答した。
僕が最初に彼女の料理に触れたのは、今から40数年前の20代の時である。
ビルの地下にある食堂に入っていくと、妙な活気があった。
皆静かに食べているのだが、客がすべて前のめりで食べているである。
「納豆チャーハン」、「ネギワンタン」。
メニューを開くと、見たことがない料理が並ぶ。
恐る恐る納豆チャーハンを食べて、腰を抜かした。
今までの納豆とチャーハンの概念を覆す、ロックなチャーハンである。
作っているのは小柄で穏やかな風貌をしているのに、ロックな料理である。
すっかりハマった。
会社のスタジオがあったキラー通りにあったせいもあり、同じ通りにある今はなき「福蘭」とともに通った。
やがてお店は、「山内」と改名されて、「ふーみん」は青山に移った。
青山移転後は一度しか行ってない。
そうして先日、十数年ぶりに彼女の料理をいただいたのである。
前菜は、ニンニク、唐辛子、老酒に漬けた帆立と、軽い胡麻風味でレモンソースで和えた、クラゲと胡瓜、鶏胸肉。
ピーマンとザーサイのたらこいため、 枝豆胡麻油炒めが並んでいる。
そしてガラスの器の中は、酸味が優しい、パセリのサラダ(デに切った胡瓜とセロリ、トマトにあさり)である。
続いてのナスの甘さにスパイスの刺激が絡んで食欲を沸かせる「茄子の素揚げ 特製スパイス 山椒 赤ピーマン」で、
ズッキーニの淡い味を活かす、生姜とニンニクとスープで炒めた料理。
お次は、「ふーめん」名物「ネギワンタン」だが、鳥の蒸し物も合わせてある。
また「ふーめん」では白髪葱に熱い油をかけるが、こちらでは歯切れを良くするために斜め切りにし、季節の茗荷と生姜の細切りが参加している。
続いて、ルッコラの味わいの深さに驚く、「牛ステーキと焼きルッコラの炒め合わせ」ときて、「酢うなぎと酢生姜漬けのキャベツ」が運ばれた。
締めは、トマト湯麺。
トマトの甘酸味が丸く、しみじみおいしい。
デザートの、杏仁豆腐と吉野葛を食べながら思う。
どの料理も家で作りたくなる。
食べてもらいたいとまぶたの裏に浮かぶ人たちに、作りたい。
そう心から思う料理なのです。