伝統的な技術と調理理論を持った料理人による正統中国料理を堪能したい。
「正宗中国菜の宴」は、その思いの結実である。
第一回は、銀座「趙楊」。
ご主人趙楊さんは、最高の資格である特級調理師で、成都にある政府の迎賓館「金牛賓館」で料理長を務めた人物である。
事前にお願いしたことは五つ。
1高級乾貨を多用しない。
2季節の野菜を多用する。
3名物の麻婆豆腐は入れない。
4四川ダックを組み込む。
5旬の食材を、趙さんの技を駆使して珍しい料理に仕立ててほしい。
「ああ大丈夫、大丈夫。任してよ」。
趙さんは一つ返事で快諾をしてくれた。
まず息を呑んだのは、野菜による九つの前菜である。
いかにして細工したのか見当もつかない、花の蕾を模したマコモダケ。
山椒が香るそら豆。
甘酒と桂花陳酒で茹でた筍、干しエビのスープで煮込んだ冬瓜、生のピーナッツと八角風味の豚肉でんぶ、甘く辛いソースで和えた菜の花.
柳の木のように飾り切りしたほのかに甘酸っぱい白菜の芯、美しい飾り包丁を入れた胡瓜、人参、山芋、菱形に整えられて重ねられた、辛味油をかけたキャベツとほうれん草。
丹念な手間によって、なじみの野菜が見たことも無い姿へ変身している。
だが、味わいや香りは、見事に引き立っているのである。
続いて「スッポンのエンガワと浮き袋の煮込み、朝鮮人参風味」に歓声が上がる。
付け合せは、枇杷と空心菜だ。穏やかな滋味が浮き袋やエンガワに染み入っていて、なんともうまい。
そこへ白胡椒のような華やかな香りで、朝鮮人参がアクセントする。
三の皿は、筍料理。
筍の先端の柔らかい部分は、揚げてから冬菜と炒め、辛味と山椒の香りがつけられ、太い部分は雲丹を挟んで蒸されている。
互いの食感が生き香りが豊かだ。
付け合せは、麦穂に編まれたにんにくの茎。
編むことによってシャッキリとした歯ごたえが強まり、甘みをより感じさせられる。
そして待望の四川ダック。
歯を包みこむ、ふんわりと仕上がった皮が魅力。皮下脂肪と肉を噛みこむと、甘みがじんわりと滲み出て顔が崩れる。
味わいが至極上品で、そこへ刺激的なスパイス香が漂い食欲を煽る。幾重にも仕掛けられた、味や香りのグラデーションに心がとらわれる。
五の皿は、四川料理特有「宮保蝦仁、蝦の辛味炒め」。
華やかな香りを放つ四川唐辛子の辛味は、エビの甘みを引き立て、甘酸っぱいタレと重層的味わいを生む。付け合せは肉詰めの苦瓜。
六の皿は東坡肉。
口に含むと甘い豚肉の香りが溶けて陶然となる。切って煮て揚げて蒸したという高菜、干貝柱のスープで五時間蒸したというにんにくも驚愕的。
七の皿は麺。強い甘みと辛味が絶妙に調和した冷たい和え麺だ。
八の皿は揚げ長芋の甘酒とみかんのソース。みかんの爽やかな香りのなか求肥のような食管の長芋が面白い。
九の皿はなんとふかひれを使ったデザート。ほのかに甘みのあるスープにフカヒレと海苔のような香りを放つ緑木耳が入れられている。
最後は、食感、甘み、香り共に生の果物をそのままを凝縮したマンゴープリンを堪能した。
気の遠くなる手間と高度な技術、淡く上質なな滋味に、底知れぬ正宗中国料理の深さ、頂の高さを痛感した夜であった。最後に趙さんの言葉で閉めたい。
「豚肉料理に八角使ったけど、豚の香りを越えてはいけない」。