お椀を一口啜った瞬間,ぞくっとした。
めまいがして、頭がぐらりと揺れる。
つゆはさらりとしているのに、唇をぬめっと舐めていく。
昆布と鰹の上質な滋味に、圧倒的な松茸のうまみが溶け込んで、澄明さのなかに深遠というふくみがある。
つゆはとろりと舌に広がって、香りを漂わせた。
鼻先から漂う香りでない。
喉から鼻奥へとゆらめき、鼻腔をくすぐる。
人智の及ばぬ、霊妙な香りが、脳幹を痺れさせる。
瞬く間に思った。
松茸の香りが素晴らしいと我々か思うのは、単なる芳香の心地よさだけではない。
人間の感覚では明確に判断できない、森の神秘があるからだろう。
「今日のお椀はよくできました 。ただしいつもできるわけではない。偶然がある。今日はいい松茸が入ったのでよかったです」。
そう森川さんは言われた。
大きな大きな松茸を三本、、、か、か、、、笠だけを切り、出汁で火を通す。
骨切りして茹でた鱧をお椀に置き、松茸を4切れ入れて、つゆを注ぎ,吸い口の青柚子を添える。
出汁に抱かれた松茸のエキスは,とてつもなく妖艶となって、心を溶かす。
「14人前作るからこそ生まれる味です。これが最後の鱧と松茸の椀ものです」。
来月からは土瓶蒸しとなる。
走りの松茸と,名残の鱧を使ったお椀は,もう作られることはない。
100年続く割烹は,来年火を落とす。
京都「浜作」にて。



