まつや全メニュー制覇中

食べ歩き ,

店前の植木が雨に濡れて,静かに微笑んでいる。
その奥で、白地に墨色で染めた「手打ち 生そば 神田まつや」の文字が,静かに揺れていた。
雨だから空いているだろうと思ったが,すでに15人ほどが並んでいる。
秋霖の中,蕎麦を心待ちにする時間に、風情が漂う。
今日は飲むまいと決めていたが,店に入って蕎麦つゆの香りを嗅いだ途端に、「燗酒一本ください」と、頼んでいた。
つまみは頼まない。
「冷やしにしん蕎麦」を肴に,飲むと決めたからである。
品書きにはない。
冷たいかけつゆに、蕎麦をまとった身欠きニシンが乗っている。
粋な姿に微笑み、つゆを一口すすった。
ああ、これだ。
こっくりとした「まつや」の甘汁に、にしんの煮汁が溶けこんで、味を深めている。
「酒を飲んだらいいよ」。
そう囁くのであった。
食べ終わったつゆには、蕎麦湯は入れない。
せっかくの味わいが薄れてしまうので、ちびりちびりと飲みながら酒を飲む。
しばし余韻に呆けていると、「御用は足りていますか?」と、中居さんが聞いてきた。
丁寧な昔言葉に誘われて、「山かけをください」と、お願いする。
山かけもまた、余計なものが一切なく、楚々としている。
簡素であるからこそ、余計に滋味が溢れている。
とろろと甘汁の出会いもいい。
こいつもまた酒だな。
蕎麦を食べ、酒を飲み、有徳なる時間をもらった秋の1日だった。
<まつや全メニュー制覇中>食べていない品書きの残りは、後3種類。