新橋「新ばし星野」

根芋の吉野煮

食べ歩き ,

1月末から2月の第一週まで、二週間入院した。
毎日の病院食は、ご飯大盛りなのに、塩気も旨みも少なく、どうもご飯が進まない。
こっそり缶詰や納豆、胡麻などを持ち込み、なんとか過ごしたが、そのときシャバに出たら食べたいと思った料理が三つあった。
そのことをF Bに書いたら、優しい方がこの店に誘ってくれた。
「根芋の吉野煮」である。
里芋の親芋から出る新芽を、おがくず等の中で軟白栽培したものをアク抜きし、炊いて、吉野葛で煮汁にとろみをつけ、おろし生姜を添えた料理である。
根芋自体は淡白で、スポンジ状なので味が染み込みやすい。
だが「根」というだけあって繊維質がしっかりあって、噛めばシャクッとした手応えがある。
一見弱々しいながらも、食感に根性がある点が、日本人を思わせる。
クセがない根芋に対して、どれだけ淡い味を合わせるか。
だが淡すぎると意味がない。
食感も残しつつ、硬くなく、柔らかすぎず炊かなくてはいけない。
生姜の量も適量で出過ぎすにと、料理人の感性と技術が出てしまう料理である。
久々に対面した根芋は、退院から4ヶ月経っていたが、しみじみとした幸せが心を満たしていった。
ようやく会えた最愛の人のように、慈愛に満ちて、体を優しく抱きしめる。
一本一本、目を瞑って、噛みしめながら味を楽しんだ。
この日は、他にアワビや白湯などのご馳走も出たが、この地味な料理が一番自分にとってのご馳走だった。

新橋「新ばし星野」にて