日本料理の未来「じん市」

食べ歩き ,

日本料理は今後、どのように進化、変容し、世界と対峙するのか。

その答えを求めて、雪の角館に向かった。

「じん市」。

角館の旅館の息子として生まれた店主高橋一行氏は、22年前、この地で「一行樹」という店を始める。

最初は小料理屋として、一般的な和食を出していたが、食べ歩きが好きな奥さんと結婚してから、料理が変わってゆく。東京の一流店を食べ歩いて得たインスピレーションを元に、創作を始める。

そして開店5年後、晩酌セットや単品料理を一切廃して、コースだけを供すようになる。地元の食材を使いながら、最先端の料理技術を取り入れた料理である。

「食えッかよ」。

奇抜な料理は、地元の人から敬遠され、客足が遠のいて、経営難となっていく。

それでもなんとか踏ん張った。自分の信じる料理を作りながら、お客さんが入る日を、夢見た。

「まぐろとポン酢のヌーベ」、「角館豆腐のムースと和風ジュレ」、「鮎の唐揚げウルカとたで酢のソース」、「いぶりがっこのミルフィーユ」、「コチのトムヤムクン」。「きりたんぽ鍋のテリーヌ」。

当時の料理である。

フェラン・アドリエが開発した、調味料を泡状にして提供する料理の「ヌーベ」など、恐らく日本で一番最初に導入したのではないだろうか。

エスプーマでガスを注入するのを禁じられていたので、何回も試行錯誤して、完成させたという。

それだけなら、単なる突飛、個性的で終わっていただろう。

しかし鮪の厚みとヌーベの量などを、精密に計算して作りあげた料理は、最新技術を見事に消化して、素材の持ち味を、生き生きと輝かせていたのである。

次第に東京にも名が響き、全国から角館へ「一行樹」だけを目指すお客さんが、来るようになる。

その後、鞄メーカーから請われて、一時銀座に出店するが、再び角館に戻り、祖父の名にちなんだ現在の店を始める。

角館から全国や世界に出向いては学び、最新フランス料理技術などを取り入れた料理は、ゆっくりと進化している。

以前の先進的な、驚きのある料理から変化し、より食材と自然に寄り添った料理になった。

秋田の恵みが素直に、口の中で爆ぜる料理になった。

そう話すと、「そうなんです」と、高橋さんは、嬉しそうに笑った。

例えば秋田で獲れた味の濃いフグの焼き霜と、秋田産のレタスを合わせた料理。フグでレタスを巻いて食べる。

ふぐもレタスも、今まで味わった事がない力強さで、互いの中にある甘みが出会い、新たな天体を生み出している。

どこにもあざとらしさがない。

自然でけれんみがなく、清い。

魚と野菜が含んだ、互いの水同士が対等に交流した、新たな「水の料理」は、どこまでも清澄である。

一緒に沿えた水ダコは、ご老人でも食べられるようにと、幾度も幾度も切り方を工夫してたどり着いた細かい包丁目を入れて、花を咲かせている。

利尻昆布出汁にさっと火を通したタコに、ふんわりと歯と唇が包まれ、ほの甘い汁が滲み出て、水ダコの力に愕然とする。

和食の心得の一つ、「思いやり」が生んだ、奇跡である。

「ものの味を活かすということを、一番大切に考えています」。寡黙な高橋さんが、ぼそりと言った。

「秋田のテロワールを、大切にしていきたいと思っています」。小さな目がキラリと光って、生産者の話になった。

「知り合いの漁師さんは、凄く変わっていて、魚群探知機使わないんです。狩りとは、人間が原始時代からやってきたものだから、エンジンはかけるが、勘とか感性で俺は獲りたいと、海に出るんです。

野菜は野菜で、その辺のおばあちゃんですが、生まれた孫のために、何もかも無農薬で作って、孫に食べさせたいっていうおばあちゃんが多いんです」。

「手塩にかけて作ったり、命懸けで獲ってきた思いを、大事にしなくてはいけない。その想いだけで料理を作っています」。

西洋料理の技法や東南アジアの調味料を使っていても、感じるのは「秋田」である。

秋田人らしい誠実と、遊び精神が混ざって生まれた料理は、秋田の風土を感じる料理である。

白菜の甘みと干し鮑のような鮑の凝縮した滋味が溶け合う皿。

芹の香気が、ズワイ蟹の旨味を引き立てる茶碗蒸し。

かすべのゼラチン質の甘みとキャベツの甘みが、シャンパンヴィネガーの丸い酸味の中で、溶けあう「コードドール」へのオマージュが詰まった皿。

寛文5年堂の生うどんの優しい食感とハタハタの香ばしさが出会う、味が濃いが丸い、郷土料理の温かさが伝わる料理。いずれも秋田の土と海を、強く感じさせる料理である。

根底に流れるのは、自然への敬意であり、食べる人と生産者ことを、思いはかりながら作られた料理である。

その上に、おいしいと思い取り入れた他の国のエスプリが、図らずも日本料理の可能性を広げている。

それは、テロワール豊かな郷土食という、和食の本質的な魅力を生かしつつも、果敢に新しい素材や手法も取り入れた、異文化の中でも堂々と勝負できる料理である。

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