大根は、おでんの名脇役である。
寒い時期に欠かせないこの料理に合わせて、大根はひっそりと甘くなる。
だからこの店では、大根が美味しくなる秋から冬にしか出さない。
下茹でして柔らかくなった大根を、昆布がきいた出汁に薄口醤油を溶いた関西風のつゆに入れて味を含ませ、客を待つ。
注文が入れば、再びつゆで温め、小鉢に取ると、小葱を散らし、黒七味を極少量ふり、大根の上に花かつおを散らす。
口をあんぐりと開けて大根を運べば、鰹節が香って、つゆの旨味と抱き合った大根の甘みが、じんわり、ゆるりと舌の上に広がっていく。
決して高級食材ではないが、揺るぎない贅沢が極まる。
こうして大根の甘味を愛でながら、合間にぬる燗をやり、時間を過ごす。
大根の料理は様々あるが、これほど大根の素朴さと向き合う料理は、おでんしかない。
最後にヒリリと舌や上顎を刺激する黒七味がよく、再び大根の甘さを引き立てて、気が付けば、もう一切れに箸が伸びている。
冬に深く感謝したくなる一皿である。
大根
アブラナ科ダイコン属の1年草で、原産地は地中海沿岸地域から中央アジアとされている。すでに4000年以上前の古代エジプトでは栽培され、ピラミッド建設労働者たちの食料とされていた。日本にはユーラシア大陸を経て、弥生時代に伝わったとされ、平安時代には記録が見られる。広く栽培されるようになったのは江戸時代。一年中出回るが、現在主流となっている青首大根の旬は10月から2月末。