ハムクラッテロを食らってろ.

食べ歩き ,

先日、某物産S氏の太っ腹により、クラッテロそれもジィベッロ村の生ハムを、用賀の「グランで・ママ」に持ち込んで食らうという、おいしい会食を得た。
なにせ幻の生ハムである。あのパルマ産プロシュートの生産量の200分の1しか作られていないため、めったに入手できないからである。
エミリア・ロマーニャ州、パルマの北「ジィベッロ村」で作るハムだ。一帯は、アルプスの雪解け水が地下にしみこんで伏流水となり地上に再び流れ出すような地域で、その伏流水が生み出す冷気を利用して半地下の石室でゆっくり熟成させて、うまみをかもし出すのだという。
ああ、話聞いてるだけでたまりません。

早速薄切りにして食べました。
練れた塩気に脂の甘みが加わった深い味わいだ。一口目は穏やかだが、奥歯でかみ締めるごとに、眠っていた滋味が起きだして舌を包み込む。心を惑わせ、胃袋を誘拐する。
そしてなにより、余韻が長いのだ。優れたヴィンテージワインのように(なんてそんなには飲んじゃいないが)、熟成したハムの複雑な味の絡みが、のど元に落ちた後もしばし続く。

プロシュートの食べ比べてみたが、プロシュートは上品な語り口で生ハムを伝える伝道師だとしたら、クラッテロ・ディ・ジベッロの方は、見た目には品が漂うものの、艱難辛苦を受けて生きていた男のような奥深みがあって、達観と隠された不良と個性が、深く深く舌を刻むのだ