376万回の味

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376万回の味

銀座線田原町駅の改札口を出ると、ソースの匂いが漂ってくる。階段の上に、「花家」があるせいだ。店頭では、ご主人が一日中ソース焼きそばを炒めている。 
 出来ますものは、焼きそばと、おにぎり(一種)といなり、干瓢巻きだけ。焼きそばは、並300円と大盛400円。 
 キャベツともやしに青海苔だけというシンプルな焼きそばは、ソースの味が辛すぎずに程よく、麺もコシを感じられる固さでべちゃべちゃにならずにふんわり炒められている。キャベツもシャキシャキと歯ごたえを残して麺との食感の対比が楽しいぞ。 
 一口食べたとたんに、ああうまいなぁと顔がむずむずしてくる。シンプルなよさ、普通のありがたみである。 
 注文が入ると、もやしを炒め、あらかじめ炒めてあった焼きそばを注文分だけ炒め、水とソースをかけまわす。こてを返すこと五十回。その間四十秒。再びソースと水をかけ、こてを返すこと五十回。四十秒。 
 おそらく一日200回近く同作業を繰り返し、一年で6万2千回以上繰り返されていることだろう。聞けばもう六十年もやっているとの事。376万回の蓄積味なのだ。