ツンデレと銘酒

食べ歩き ,

黄昏に染まる人形町で、一軒の店に入った。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、若い女将だった。
着物をきりりと着込んで、紺の割烹着をつけている。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中には、同じ格好をした女将がいて静かに声をかけた。
お二人とも歳の頃は30前半だろうか。
しかし口元を少し緩めるだけで、微笑まない。
いささかツンである。
とりあえずビールをお願いし、品書きを眺める。
面白い。
酒飲み心をくすぐる、個性的な肴が揃っているではないか。
「三関の芹サラダをください」。
江戸時代から美味しいことで知られる、芹である。
出されたサラダを見て、目を細めた。
根っこが綺麗に掃除されて入っているではないか。
芹はこうでなくてはいけない。
次に「コノシロのシメ、炙り」を頼む。
渋いねえ。こんちくしょう。
燗酒を頼もう。
ずらりと並ぶ日本酒の銘柄がいい。
燗あがりする酒ばかりである。
そうだな今宵は、無窮天穏からいって、悦凱陣かな。
そう計画を立てたが、一つここは任せることにした。
「燗酒をお願いします。銘柄は任せます」。
そういうと、なんと数ある日本酒の中から天穏を取り出して、燗をつけ始めるではないか。
「天穏ですか?」そういうと、
「はい無窮天穏です」。
そう言いながら上目遣いでニヤリと笑う。
美人の上目遣いに心が奪われる。
天穏の甘みは、コノシロの酸味や炙った香りとピタリとあう。
次に三種の焼売を頼む。
やがて現れし焼売は、糸島のミツル醤油風味と有明海苔、三葉の焼売だった、
酒が進む焼売である。
最後はこちらの名物「あて巻き」といってみよう。
「あて巻き」とは、鶏胸鉄火、アオリイカ巻き卵黄ソース、酒盗巻き、筋子巻きといった、いわゆるあてになる細巻きらしい。
そこで珍しい、なちゅらるちーずまきをお願いした。
「チーズはなんですか?」と、聞くと
「エポワスです、かなりいってますがよろしいですか?」
望むところだ。しかし誰がエポワスを海苔巻きにしようと考えたのだろう。」
燗酒をおかわりをした。
するとまた悦凱陣を取り出すではないか。
これは幻か、なぜこちらの手の内がわかるのか。
しかし、悦凱陣を一口飲んだおかみ早めって、棚に戻し、るみ子の酒を取り出す。
おそらくエポワスには、悦凱陣の濃さよりるみ子の酒の優しさをあわせたのだろう。
エポワス海苔巻きが、運ばれる。
ウォッシュチーズが海苔と出会って、乳の甘さが膨らむ。
なんとも妙な気分になりながら、るみ子の酒と合わす。
ああ。体の力が一気に抜けた。
乳とエポワスのクセのある香りが米の甘みと抱き合って、官能を溶かし始める。
しばらくしてお勘定をしてもらい、店を出る。
「ありがとうございました。またいらっしゃってください」。お燗番の女性が柔らかな笑顔を投げかけた。
そしてもう一人の女将は、僕にマフラーとダウンジャケットを渡しなながら言う。
「お外は寒いですから、どうぞお召しになってから出られてくださいね、今夜はどうもありがとうございました」。
そして満面に、柔和な、可愛らしい笑顔を浮かべた。