両国江戸政

また昭和の灯りが消えた。

食べ歩き , 日記 ,

また昭和の灯りが消えた。
両国にあった江戸政である。
屋台をそのまま引き込んだ店内は、改装されてもそのまんまだった。
両国駅から両国橋を渡って、店の前に立つ。
隅田川から吹く風の匂いとタレの香りが入り混じる。
腹の底から血がさわぐ。
小ぶりな串がいいねえ。
短い串に、大ぶりな肉が身を寄せ合い、これでもかと盛り上がっている。
誰でもこの姿を見りゃあ、笑わずにはいられない。
大口開けて齧りつけば、肉のうま味とタレの甘辛味が、流れ込む。
肉をほおばる喜びが、ここにある。
肉を食らうコーフンが、ここにある。
98年継がれしタレもいいね、こんちくしょう。
ネギマのもも肉。
ハツなど様々な肉が刺された、ハートスタミナ。
三代目独自の工夫で、甘く香るもつ。
心臓の筋だというフジ。
皮のミルフューユ団子の皮。
フジと皮は日に三本しかなかったから、店明けに行かないと食えなかったな。
前はうなぎもあって、「みどころのない奴だが、焼いて見りゃ、ちったあ味のある男」と、達筆で書かれた色紙があった。
そして名物は、タルタル風の「タタキ」だった。
中がレアかよく焼きか、常連なら全部レアという、本当のタルタルもいけた
結局これが閉店の理由になってしまったけどね。
確かにリスクはある。
だがおそらく「うちはこれで百年近くやってきてんだ。常連の食べたいもんを出せねえんなら、店をやる意味がねえ」と、辞めてしまったのかもしれない。
世知辛い世の中に、なっちまったねえ。
ええい、どの部位がどうのなんて詮索は野暮でえ。
黙々と串にかぶりつき、酒を飲み、うまいと叫ぶ。
内なる野性を開放し、大いに食らう。
それでいいじゃねえか。
後はひんやりとした川風が、騒いだ血を、なだめてくれるってえもんだ。
僕がこの店を知ったのは、1986年に文藝春秋から出された「東京B級グルメ」の」男女雇用機会均等法的焼鳥学」という記事だった。
この本が述べた「A級の技術で東京の味と伝統を守り、値段はB級の心意気に燃える店」の精神のままに、お支払いは、一人約二千円弱。
しかしお腹いっぱいだよ。
ここんちの焼き鳥は豪気だね。
最後に談志師匠の色紙を読んだ。
「本当に美味しいもんは、安くてえ、そっとネ、ひっそりとね、知ってる人だけのもの」。
ああ反省。