富山 岩瀬「口岩」

まずはそば。

食べ歩き ,

「そば前」が好きである。
そばを頼む前に、板わさや焼きのりなど腹にたまらない肴を頼んで、盃を重ねるのが好きである。
だが時として調子に乗って、酒も肴も頼みすぎちゃう。
ニシンの炊いたのや、だし巻きまでならまだいいが、合鴨焼きや焼鳥、果ては天ぷらや天ぷらそばの台抜きなどを頼んで、三合くらい飲んでしまう。
居酒屋使いである。
これはこれでいい。
だが、最後に頼む蕎麦に申し訳ない。
そんな気持ちがいつもあった。
 
「うちは蕎麦屋なので、まずそばを食べていただきます」。
ご主人はそう言われた。
潔い。
最初は、群馬の赤城山の標高が高い麓で栽培されたそばだった。
今は4月下旬。新蕎麦という時期からは数ヶ月経っている。
だがこの時期の蕎麦はいい。
30秒で茹でられ、冷水でしめられた蕎麦を、まず何もつけずにたぐる。
数ヶ月経ったことで、草の香りに似た青々しい香りは丸くなり、甘みが深くなって落ち着いた味わいが、心を座らせる。
次に、塩を指先で振りかけて、たぐる。
ああなんということだろう。
塩によって、甘みが引き立ち、喜びが増すではないか。
「塩を色々試したのですが、日本の塩は塩分が立ち過ぎてしまい、先に塩気を感じて後からそばの味が追いかける。
これを逆にしたくてたどり着いたのが、この塩、スペインのサルデアターニャでした」。
次は、山葵をちょいと蕎麦につけ、塩を振って食べてみた。
また変化する。
わさびの香りによって、蕎麦の中に隠れていた甘い香りが起き上がって来るではないか。
こうして瞬く間に食べてしまった。
次は、レボ鶏などで有名な、富山の有畜複合循環型農業を営む農場、土遊野が密かに作っている蕎麦で、この店しか食べることは叶わないという蕎麦である。
玄挽きにした星が見えるそばで、やや太めに打たれている。
ああこれもいいなあ。
いい意味で野暮ったい、鄙びた、実直な味わいである。
モチッと歯を押し返すコシがあって、噛むほどに優しい甘みが顔を出す。
田舎のおばあちゃん家の縁側で、日向ぼっこしながら食べたい。
そう思わせるような、打つ人の愛情を感じさせる蕎麦だった。
さて蕎麦は、「春霞瞬くそのひととき 活性濁り純米吟醸」と、「冩樂 純米」の冷酒で出迎えた。
 
次は「大人のハッピーセット」である。
「自分で採ったこごみの蕎麦つゆベースの醤油漬け」「さわら南蛮漬け」「鴨ロースの1時間煮、黒胡椒」「ネギ、大葉などを混ぜた焼き味噌」「炒り豆醤油漬け」「おから」「プラチナ吟醸の酒粕わさび漬け」「鈴廣蒲鉾の板わさ」である。
出さた瞬間、特に板わさと醤油豆、焼き味噌とおからを見た瞬間に思わず発した言葉は、「燗酒をください」(心の中では大至急燗酒!と、叫んでいた)である。
そして出されたのが七本槍の純米吟醸であった。
やられた。
完璧にやられた。