とんかつ屋は人生劇場である

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とんかつ屋は人生劇場である。

とんかつ屋では、カウンターが空いていると必ず座る。
すらりと並んでとんかつを食べる様がいい。
他の人の食べ方を見ることができるところもいい。
今日もとんかつ屋に入る。
「ロースカツ大 ご飯は平らで」。

「ご飯は“たいら”」?
常連であろう。

この店では、ご飯が山盛りで出されるので、それを平らで出してくれという。

「ご飯少な目」ではなく、「平で」。
平らおじさん。かっこいい。
隣の女性は、並のロースに海老フライ1本つけ。
メニューにはない上新香を頼み、通常についてくるお新香を上新香の小鉢に移し替え、その小皿に醤油を入れて、とんかつをつけて食べている。

彼女は何を言われても屈せず、「断然醤油派」の人生を歩んできたのだろう。

潔い。
だが「断然醤油派」は、キャベツを残した。しかも大量に残した。

ソースをかけていない。
確かになにもかけないキャベツは、食べづらい。
そう彼女は、「断然醤油派」の上に「ソース嫌い派」なのであった。
その隣にオタク風、長髪髪ぼさぼさ小太り青年が座った。
出てきた上ロースかつすべてに、ソースをどぼどぼかけて、笑っている。
静かに笑っている。
ソースをかけながら笑っている。

ホラーである。
左隣はオジサンで、ヒレカツ単品を頼んだ。
え? ご飯は食べないの? ビールも頼まないの?
どうするかと思えば、ヒレカツを食べては、お茶を飲んでいる。
ううむ。

糖質ダイエット(でも衣は食べるのね)か、ライザップで炭水化物ダイエットしている下戸であろうか。
さて、先のご飯平らオジサンにカツが運ばれた。
平らオジサンは、カツ二切れずつにソースをかけて食べ始めた。
正しい。

衣がいつまでもカリッとなるもんね。
ソースがかかったカツは横向きにし、肉の面にたっぷり溶き辛子を塗っている。
新しい。
なぜ衣につけないのか?
衣より肉に辛子をつけた方が、辛味が効くからだろう。
それにつけてもつけすぎではないか。

ほうら涙ぐんでいる。
それでも平らオジサンはめげない。

たっぷりたっぷりつけてはほおばり、涙を流す。

お茶でリセットしては、またかつに辛子をたっぷりつけて。涙を流す。

平おじさんは、M体質に違いない。

それともよほど辛いことがあったのだろうか。

そして言った。
涙で頬を濡らしながら、むせび泣くように声を絞り出した。
「すいません。溶きがらし、もう少しください」。
とんかつ屋は、人生劇場である。