その小さなビストロは、ご夫婦二人でやられていた。
6人も入れば満席になってしまう店だが、今夜は初めて来るお客さんのために、他のお客さんはお断りしたという。
一皿目は、小さなハンバーガーだった。
店名が印字されたバンズには、馬肉のタルタルが挟まれている。
生肉が食欲を叩き起こす。
可憐な姿である。
ライムとトマトのババロアが重ねられ、バジルソースであえた蟹の上にはグレープフルーつが乗せられている。
ライムの爽やかな酸味、トマトの柔らかな酸味、グレープフルーツの甘さを伴った酸味という、三つの酸味が共鳴し合う。
その中で蟹の品のある甘みがそっと息づいている。
的妙な計算によるときめきが、胸を揺する。
続いては、「サバのクルート仕立て」である。
軽くマリネされた立派な厚みのサバに、クミンなどのスパイスと胡桃のソースがかかり、バターで仕上げたクルトンが重ねられている。
カリリと音を立てるクルトンと、しなやかなサバの食感の対比が楽しく、噛んでいくと、クミンやスパイスの香りが漂い始め、遠くへ気分を飛ばす。
スパイス使いがうまい。
これ見よがしではなく、さりげなく、的確な量を使われている。
聞けばコロナで閉店時に、豪徳寺のオールドネパールでお手伝いをし、スパイスを学んだのだという。
次は、「ブータンブラン キノコのクリームソース」が運ばれた。
「おいしっ」。
ブータンブランを一口食べて、思わず呟いた。
淡いうまみの中にシナモンの甘い香りが微かに漂う。
下に敷かれたグリュエールチーズ入りマッシュポテトとクリームソースをたっぷり絡めて食べれば、幸せが忍び寄る。
魚料理は、天草から届いたという、スズキの仲間であるハンタのポワレだった。
芯まで熱々に加熱されたハンタの滋味がはじけ飛ぶ。
その丸いうまみを、豆のソースが優しく包み込む。
エスカルゴバターやセージをほのかにきかせた、ピゼリのソースが温かみを呼んでくる。
何かこう、満ち足りた気分になる、穏やかな気分を運んでくる皿であった。
メインは、「ひな鶏のポシェ」である。
料理名はそっけない。
皮下にトリュフを挟んでポシェし、ヴァンジョーヌソースを合わせてある。
キュイソンも完璧で、しなやかな食感の鶏肉にトリュフ香が霞み、ヴァンジョーヌの強かな酸味が、妖しさを深める。
一見ブランケットの家庭的柔らかさがありながら、一筋縄ではいかない色気が潜んでいる。
これぞフランス料理である。
いかにも誠実ですというシェフと素敵な奥様が、淡々と料理を進めていく。
店にきたというより、シェフの実家に遊びにきた感覚で、味覚が寛いでいく。
そんな料理を出迎える時と空間に惚れた。
こんな店が好きだ。
千歳船橋「ラドレ」にて