その店は夕張郡栗山町にある。
札幌の西方、約30キロ離れた町で、札幌から電車で1時間、車で1時間半かかる。
しかも電車もバスも1時間に一本以下という不便な場所なので、向かうには、札幌駅からバスで向かい、帰りは電車で帰るか、レンタカーを借りて出かけるしかない。
そんな町の、里山が迫る田んぼの中にぽつねんと建っている。
店の名は「味道広路(あじどころ)」という。
正直に言って店名が、野暮ったい。
初めて訪れた時は、店名を聞いて、不安になった。
ところが、全国でも有数の、旬の食材を生かした日本料理を出す。
先日も京都の有名割烹の料理人をお連れしたが、舌を巻かれていた。
ご主人は、滋賀県八日市の名料亭「招福楼」の出身で、東京上野にあった支店の料理長まで務められたが、地元に帰って割烹を始められた。
なにより素晴らしいのは、京料理の技術を生かしながら、地元の食材と真摯に向き合って、ケレン味がない料理を出し続けていることだろう。
この地まで、多くの食通が訪れるのも、それが理由である。
6月にいただいた、5千円のコースは以下の通りである。
「アンコウの煮こごり」、「すぐりメロン(間引きした小さいメロン)と甘草の花の煮物」、「原木椎茸とシジミの和え物」、「凍り豆腐とウニの煮椀」、「支笏湖のチップ(ヒメマス)と苫小牧のオヒョウのお造りクレソン、」「赤がれいと根曲がり竹と秋田蕗の煮物」写真なし、「ジャガイモとツブ貝の和え物」、「黒ソイの煮物の芹と茄子添え」、「胡麻鯖すし」、「じゅんさいのデザート」。
どうです。地味でしょう。
最近の割烹とかぶる食材は、ウニと鯖くらいじゃないですか。
しかし地味ながらも、しみじみと美味しい。
特に素晴らしかったのは、「凍り豆腐とウニの煮椀」であった。
凍み豆腐とウニという、合いそうもない二つの食材が、なにごともなかったかのように、自然に寄り添い、持ち味を生かして共鳴している。
ウニは決して出過ぎずに、豆腐の持つ優しい甘味と静かに馴染み、互いが互いを敬愛しあっている。
最近の日本料理では、うすい豆の豆腐の上にウニが「どうだ」と、乗せられていることが多い。
それ確かには美しく、見栄えはいいが、食べてみればウニの味が勝ちすぎて豆腐の持ち味が消え、かつ豆腐とウニの味が合っていない。
しかしこの料理は、適妙なウニの加熱と、ウニを豆腐の下に置くことによって、凍み豆腐とウニが見事に抱擁して、完璧なる美味しさを生み出している。
ウニがてれんと舌に甘え、豆腐が湯葉のようにとろんと崩れて甘く、ウニと溶け合う。
そこへ青柚子が香って、味を締め、季節を漂わす。
最近の日本料理はどこへ向かうのかと思う時があるが、ここはそんな不安を払拭する。
これこそが、「日本料理」ではないだろうか。
日本中で京料理風の料理が出される中、地の食材を見つめ、高級な食材も安価な食材も同等に扱い、生かす。
この一皿こそ、「旬を生かし、心を持ってもてなす」という日本料理の心が集約された料理だった