うどんを一気に700g食べた。
お腹がすいて食べた。
好き好んで食べたわけではない。
職業上致し方なく食べたのである。
かつて武蔵野台地では小麦が多く作られていた。
そのためこの地域には、優れたうどん屋が多い。
一軒目は「むぎきり」と言って、小平市一橋学園駅にある。
今から30年前に行って、その実力に腰を抜かした。
代は変わったが、今でも家族経営でやられている。
11時開店、1230には「うどんなくなりました」の看板が下げられる人気店であった。
平打ちのうどんは、細さや幅がバラバラで、その不均等さが唇に刺激を与え、やめられない。
武蔵野うどんの特徴である、肉汁うどん、つまり冷たいうどんを豚と野菜の入った熱いつゆにつけて食べるやり方で食べると、瞬く間になくなってしまう。
店内に入ると、ほとんどの人が大盛りを頼んでいた。
聞けば、並盛で350g 大盛りで450gあるという。
武蔵野人のうどん愛は、ハンパない。
当初はこの一軒で終わる予定であった。
だが取材が断られる可能性もあるため、もう一軒行く事にした。
一駅先の青梅街道駅にある「福助」である。
こちらは自宅を改造してやられている。
「こんにちは、おじゃまします」といった雰囲気で靴を脱いで家に上がり、うどんを注文した。
こちらは「ざるうどん」の並を頼む。
メニューを見れば、並で370gとある。
中で550g、大で730gだという。
隣の四十代男性は、大で肉汁うどんをすすっている。
恐るべし武蔵野と思ったが、よく考えてみれば、私も同じ量食べているではないか。
この店の特徴は、全粒粉に近い粉で売っている事にある。
だからうどんが灰色に近い。
幅の広い平打ちうどんは、もちねちとした食感で、30数回で口の中から消えていくが、25回くらいから小麦粉の甘い香りで満たされる。
その香りに魅了され、370gは瞬く間になくなってしまった。
しかも原稿用にと、どちらの店でも「うどん前」をお願いしてしまった。
「むぎきり」では「春巻」と「刺身蒟蒻」、「福助」では、「野菜天ぷら」と、「わさびの花のお浸し」で、それぞれのお相手にビール中びん一本ずつお願いした。
もうこれだけで成人男性の一日必要カロリー数だろう。
意外に、お腹はいっぱいだが、苦しくはない。
だがそれは錯覚であったということを知るのは、1時間後のことだった。