ああ夏が終わる

食べ歩き ,

冷やし冬瓜である。
これを初めて食べた料理研究家の先生は驚愕し、10日間ほどやり方を変えて毎日作ってみたが、一度として同じものにはならなかったという。
そのことを老主人に伝えると、嬉しそうな顔で、にやりと笑われた。
冬瓜には、出汁の味が均一に、静かに染み込んでいる。
だが淡い、淡い、冬瓜の滋味は失われていない。
冬瓜と出汁が自然の摂理のように一体化し、丸く、微塵の境目もない。
噛むと、すうっと歯が入っていくが、皮下の硬さをほのかに残している。
おそらく0.1㎜以下だろうが、冬瓜が生きていた尊厳を表すかのように、微かな食感を歯に伝える。
だがその後に、歯は吸い込まれていく。
舌に、抱き合った冬瓜と出汁の味わいが流れる。
ゆっくりと広がり、喉に落ちていく。
その刹那、柚子が香って、鼻腔に揺らめく。
「ああ夏が終わる」。
突き出しの感動を伝えると、無口なご主人は言われた。
「うちは、穴子とアンコウが看板だから、それがうまいのはあたりまえ。だから突き出しは、死ぬ気で作っています。なにせお客さんと交わす最初の挨拶だからね」。