「地味」

食べ歩き

100年という時を重ねた小料理屋で、盃を重ねる。
「私は、東京生まれの人が経営している銀座裏の小料理屋が好きなのであって、そこが「岡田」に通う最大の理由である」。
贔屓であった山口瞳は、かつてこう綴った。
代を継がれた主人は、慶應大学仏文科出身である。
れっきとした東京の人であり、3代続く江戸っ子である。
寡黙だか、仕事は的確でブレがなく、ともかく早い。
料理は東京の味である。
気取りがない、江戸の味である。
滋味が体の隅々へと行き渡る「岡田茶わん」。
何気ないようでいて味がピシャリと決まった「納豆和え」や「春菊のお浸し」。
カリリと揚げられた衣と豆腐の柔肌との対比が妙味を生む「豆腐のくず揚げ」。
海老の優しさが生きた「しんじょう揚げ」。
揚げて土佐醤油で和えたタラの芽の突き出し。
すべてが出過ぎていないが、こっくりとうまい。
やりすぎない味は、見識であり、品でもある。
あえて一言で表すなら「地味」であろうか。
それは派手の対語ではなく、地に足がついた味である。
渋く輝く料理に、垢抜けた、張りのある色気が漂う。
江戸料理とはそういうものではなかろうか。
ああ。
野暮とは無縁の「粋」が貫かれた味に、背筋が伸びる。
「はち巻岡田」。
もし東京に住んでいて、この店の魅力を知らぬなら、それはまだ東京のことを知らぬということである。