<ラブランシュのスペシャリテ3>
旬とは季節の切り取りである。
料理人は、一瞬の出会いを見逃さず、昇華させる。
「筍とフォアグラのソテ」は、春のひとときだけ出される。
春先の柔らかい筍、旬が過ぎ去る直前のトリュフ、年々希少化していく、春の野芹。
三者が奇跡的に揃った時、この料理は生まれる。
筍を焼く。全面焼く。まず立てて焼く。
じっくりと香りが全体に回るよう、生えているのと同じ状態で、天に向けて焼いていく。
同時にフォアグラも焼く。
脂が溶け出さないように、両面をカリカリに焼くのは至難の業である。いっときも目を離さない仕事ながら、同時進行で進める。
二つのフライパンを駆使し、目を凝らし、耳を澄まし、精神を傾けて焼いていく。
甘酸っぱいソースは、トリュフのジュを煮詰め、ソーテルヌと筍の端材、茹でたじゃがいもを合わせたソースである。
出来上がったフォアグラと筍の上に、野芹を乗せる。
筍を食べる。
コリッ。
軽快な食感が響き、拙い甘みが流れ出す。
フォアグラを食べる。
甘い脂が舌を流れ、豊満な脂の香りが鼻に抜けていく。
筍の柔らかさの中に秘めた雄々しさと、饒舌なフォアグラにある優美という対比が、呼応し合い、精神をあおって高揚させる。
そこへトリュフが香って、空気を妖艶に歪めていく。
なんという料理だろう。
筍という日本的純粋が、フランスのデカダンスと調和して、心を揺さぶるのだ。
だが忘れてはいけない。
野芹である。
「もう野芹が手に入らないので、去年、来年はこの料理をやめようかなと言い出しました」と、マネージャーの岡部さんが言われる。
野芹がないとこの料理は成立しない。
陶然とさせられる筍の勢いとフォアグラやトリュフしたたかさを、野芹の粗野な香りが受け止め、丸くまとめる。
筍、フォアグラ、トリュフ、野芹の4者が、互いの持ち味を発露しつつ高めあった、奇跡の時間が流れている。
心の奥底に届くサックスの音色、多層的なドラム、ピアノの和声に重低音のベースが切り込んだ、カルテットの緊張感が皿の上にあった。
田代和久シェフ76歳、渾身の傑作である



