御三家、煉瓦亭で資金がつき、ブランクは空いたが、カツ道研究は続いた。
なにより一人で研究活動ができるのがよい。
一人でご馳走、一人饗宴が気軽に出来るのは、とんかつだけである。
などと一人悦に入りながら、新しいとんかつ屋を巡った。
浅草では、「河金」百匁(380グラム)カツを平らげ、「すぎ田」に腰抜かし、「喜多八」や「ゆたか」のヒレカツに、昔の匂いを嗅いだ。
なくなった店も多い。「河金」もそうだし、食通には評判悪いがよく出かけた、焦げ気味で揚げる表参道「かつ一」、安藤鶴夫が紙トンカツと命名した青山「種長」の大カツ。
痩身のご主人が揚げるカツが懐かしい、門前仲町「浪花亭」。
おばちゃんが中華鍋で揚げる、廉価で東京トップクラスのとんかつに出会えた、錦糸町「ひら井」・・・。
いまさらながらに数えてみると、全国九十軒くらいだろうか。
意外に少ない。
体系的には衣で分類する。
東京に多い衣トゲトゲ系、やや粗いサクサク系、きめ細かいカリリ系、大阪に多い色白系と四体系。
東京50軒の調査では、トゲ14軒、サク15軒、チリ21軒となった。
ただし「ぽん多」をトゲ系ではなく、色白系に分類するか意見の分かれるところである。
トゲ系の代表は「燕楽」。
サク系は「煉瓦亭」。
チリ系は「すぎ田」かな。
どの体系がいいということではなく、肉の厚みとのバランス、切り方が計算されて衣が選ばれているかという点が、味に影響する。
御三家、煉瓦亭をのぞいて 鮮烈に残る出会いは、人形町「キラク」、浅草「すぎ田」、新橋「燕楽」、赤坂「フリッツ」、神戸「もん」、上野「平兵衛」、自由が丘「丸栄」である。
中でも驚かされたのは「平兵衛」と「丸栄」であった。
前者は、油に入れたカツから音が出ない。
泡が出ない。
低温で三十分、茹でるように揚げるのである。そ
のため肉はしっとりと、油の匂いが入り込むことなく仕上がる。
ただし衣はカリッといかない。
「丸栄」も目を疑った。
店主は衣をつけたカツを、なにも入っていない鍋に直置きしたのだ。
しかるのち鍋肌からラードを滑り込ませ、やがて液体となるが、カツは半身浴。
固唾を呑んで展開を見守ったカツは、衣はカリカリと肉は甘いジュースたっぷりで、豚のタルトとでも名づけたいカツである。
世の中にはうまいとんかつが溢れている。
銘柄豚が増える時代であり、新たな魅力を持ったとんかつも現れよう。
あとは我々がいかに食べるかである。
長年のとんかつ人生で試行錯誤し、「牧元流とんかつ作法」の家元を務めることになったいま、日々の鍛錬は欠かせない。
どこから食べるか、塩はソースはいつか、肉を挟むか衣を挟むか。キャベツの食べ方、辛子のつけ具合、ご飯のタイミング・・・。
カツ道は深奥なのである。