白濁したスープを一口飲んで、やられた。
とろりと口に流れ込んで、深い滋味がゆっくりと広がっていく。
さらにてれんと、溶け込んだコラーゲンが、唇を舐め、舌を包み込むのだが、そこにはいやらしさが微塵もない。
濃密なのだが、スープに雑味が一切ないので、後口がすっきりとしている。
鶏肉の純粋だけを凝縮させているので、淀みが一切ないのである。
なにかこう、スープの滋養で体が溶けていくような感覚がある。
これが「つきじ治作」の水炊きである。
広大な料亭で、悠々たる庭を眺めながらいただく水炊きである。
なんでも水炊きを作る料理人は、代々一人だけが担当し、その技は一子相伝なのだという。
様々な工夫や技がいるらしいが、中でも5時間炊くというのが重要だと聞いた。
だが単なる時間だけではない。
季節に合わせて火加減を調整し、炊き上がる様子を常に観察し、味わいのことわりをはかる眼力が必要なのに違いない。
専門の職人が、一心に目をこらしながら鶏肉を焚いている姿が目に浮かぶ。
だからだろうか。食べ進むと、飽くことがないばかりか、食欲を次第に湧き上がらせるような勢いがある。
具は、肉質がきめ細かい徳島阿波どりで、このスープをまとった鶏肉をかじる瞬間が、たまらない。
他の具材は、本店同様、玉ねぎだけという潔さで臨むのがいいだろう。
またポン酢も強すぎずにほどがいいが、スープをレンゲに取り、そこに鶏肉を乗せて、スープと一緒に食べる食べ方がオススメである
スープを飲み、鶏肉をふた切れ食べただけで、もう唇周りはゼラチン質が粘りついて、ペタペタである。
最後は、雑炊をいただこう。
ご飯の甘みとコラーゲンの甘みが溶け合って、気分をまったりとさせる。
次は、締めの雑炊をいただこう。
卵の量、塩加減共にピタリと決まった雑炊は、ご飯の甘みとコラーゲンの甘みが溶け合って、気分をまったりとさせる。
なにかこう、スープの滋養で体が溶けていくような感覚がある。
気持ちが、柔らかくなった。
池の鯉を見つめる自分の視線も、優しくなったような気がする。
それはまだ時間と気持ちにゆとりがあった時代の贅沢が、このスープに生きているからではないだろうか。