スペシャリテ。「コートドール」。「冷製季節野菜の煮込み コリアンダー風味」1

食べ歩き ,

「冷製季節野菜の煮込み コリアンダー風味」は、開店以来30年間メニューに乗り続けている料理である。

マッシュルームをレモン水で煮て、その煮汁と塩胡椒、コリアンダー、干し葡萄、ヴァージンオリーブ油と季節野菜を、蒸し煮にする。鍋蓋に手を置いて、限界まできたら火から下ろす。

時期にもよるが、大体5時間ほど粗熱取ってから、二、三日寝かす。週に三日ほど作り、毎日味見をし、最終調味をして客席に送り出す。

皿に置かれた野菜たちはさりげなく、楚々として佇んでいる。

口に運んで歯が入ると、酸味や塩味、コリアンダーの香りが広がり、噛み切った瞬間に、野菜本来の真味が起き上がる。

命の滴をしたたらせ、「おいしい?」と、尋ねてくる。

それは健やかで、どこまでも透き通ったうま味である。野菜が料理されたことを誇りに思い、喜びで体を満たした、豊穣の味である。

斉須政夫シェフは、パリの「ヴィヴァロアで」教わってすぐに、日本で出そうと思ったという。

だが日本とフランスでは野菜が違う。イメージはあったが、具現化するまでに3ヶ月ほどかかった。

当初は、「なんだ野菜の煮物じゃないか」と、評判が良くなかったという。

「自分の想いと、当時のお客さんがイメージしているフランス料理と間に、乖離がありました」。

しかし何回か反復しているうちに、またあの料理を食べたいというお客さんが増え、定着していった。

要は、作って寝かせる時間だという。

「そこまでは味と出会っているが、上っ面だけで空々しい。信頼関係を生むのは、4〜5時間気圧にまみれてお互いに苦しい中で思い合った時です。味の浸透はまだ浅いが、野菜の本体までは虐待されていない。起き上がる力を残しながら味にまみれている。本心や志まで言うことは聞かない、自我がある」。

だからこそ、ナチュラルメイクに見えながらも、したたかさを感じるのだろう。

食べ終わっても、うま味の余韻が、体の底からよせては返すのだろう。

6千回は作られたはずである。

だが、一度たりとも安心したことはないという。

「作っても、作っても、御しきれない。野菜の体調や自分の体調もある。全てを加味しながら作ってくというのは、安穏とできない。たかだか野菜のごった煮ですが、楽ではない」。

シェフはそう言いながら、真剣な眼差しで僕を見つめた。

「上手に作れた時は、すぐにまた作りたい。今の感覚でもう一回作って安心したい。でも売れるまでは、作れないのです」。

料理とは、決してカッコいいものではない。

熟練のシェフが、何千回同じ料理を作ろうとも、ひと時も気を緩めず、悩み続けている。

食べる人を試す料理でもあると思う。

僕自身も若い頃は、この料理の良さが理解できなかった。

しかし歳を重ねるうちに、底に流れる味わいのしぶとさに気づき、虜となった。

この魔力は、なんだろう。

「丸い中に尖っているものがある。いうことを聞かないものを注入しておいて、安心して食べさせない、ということに気を配りながら料理をする。それが僕のウリです」。

だからこそ我々は、シェフの術中に捕らわれてしまうのである。

「目立たないけど、印象を残す人っていますよね。この料理もさりげないけど、一度口にしたら忘れない。僕は料理を通して、人生観を体得できたと思っています」。

愛が深い。平和がここにある。