「ここは昔の萬養軒の味です」。
連れていっていただいた方がおっしゃった。
「パリソワーズ」は、コンソメジュレの濃密とヴィシソワーズの柔和とのバランスが美しい。
コンソメは、うま味がこっくりと濃いが、品があり、キレがいい。
「あわびのグラタン」は、どういう仕事なのだろうか?
ベシャメルソースに、アワビの滋味が溶け込んで、微かな酸味とともに、奥深いコクが広がっていく。
一口食べては、「うまいなあ」と呟く。
ビフカツは、最近よくあるようなこれみよがしの肉の暑さではなく、肉の薄さと衣の大きさがピタリと決まった品格がある。
さらりとしたデミグラスが、牛肉のうまさを引き立てる。
そして蟹のドリアは、野菜や蟹がベシャメルと抱き合い、ふうわりとした優しい甘みが、米の甘味とともに膨らんでいく。
いずれも古き良き時代の、丁寧な仕事があってこそ生まれる味わいである。
誠実な仕事が当たり前であった時代の料理である。
おそらく70代だと思われる今村さんは、お一人で黙々と仕事をなさっている。
18歳でと萬養軒に入ってから今まで約50数年、おそろしく手間暇がかかる仕込みを淡々と続けてこられてきたのだろう。
どの皿にも、そうしてこそ宿る揺るぎなき風格が輝いる。
心を響かせ、温め、ああ明日も食べに来たいと思わせる料理なのである。
河原町「今村亭」