松茸は濡れていた。

食べ歩き ,

松茸は濡れていた。
自らのエキスなのか、朝露なのか、昆布の液なのかはわからない。
ぬめりと濡れて、光を映し、「食べる?」と、耳元で囁く。
生松茸に薄く塩をし、最上質の昆布で挟んだ「松茸の昆布締め」である。
「シャクッ」。
そのまま手でつまんで口に運ぶと、松茸は歯に当たって小さな音を出した。
濡れた松茸の表皮が唇を舐め、上顎を撫でる。
みずみずしい松茸の液が、舌に滴る
「私の命はここにある」と、言いたげな液は、かすかに甘いような無味のような、透き通った精があり、食べてはいけない禁断を伴う。
果たして松茸の魅力は香りなのだろうか。そう思わせる純粋がそこにはあった。
噛みいくうちに、香りは滲み、松茸の香りとともに木々の清廉なる香りも漂う。
それは赤松の養分の声なのだろうか。
畏怖を感じさせる神秘がある。
いやそれは、森の奥にある赤松の根元で、まだ誰の手に触れていない、松茸の純潔だったのかもしれない。
誰も考えたことのない料理を作り、新たな宇宙を作る。
これは一握りの才のある人にしかなし得ない、人類の進歩である。
「割烹智映」の料理は、別コラムを参照してください
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