器にナスがひとつ。
飾らない。てらいがない。これが本当の京料理なのである。
箸を入れれば、吸い込まれるように包まれて、口に運べばムースのように崩れていく。
繊維などなく、ふんわりとろんと甘く溶けていく。
「これをご飯にかけて食べると、おいしんだ」。そうご主人がいうので、少しとっておいた。
熱々ご飯にナスをのせる。
その瞬間「ふふっ」とナスが笑った気がした。
割いて崩してご飯に混ぜる。
米の甘みにナスの甘さがしなだれる。きもちいいよと甘えあって、人間の舌を誘惑する。
次にイワシの炊いたやつをご飯に乗せる。
こいつも崩し、よくよく混ぜてやろう。
おおっと今度は、イワシの凛々しさをご飯が受け止め、箸持つ手を加速させる。
さあ最後は、君だよ。アワビの塩辛の出番だよ。
塩辛をそっとご飯に乗せる。
光り輝く黒と白を愛でたら、やおらこれも混ぜてやる。
ご飯の白がなくなるくらいに、よくよくね。
ああ、熟成された肝の甘みがいけません。
ご飯に色気を与えて、僕らを惑わして、すかさず酒を飲んでしまった。
すると彼方から、豊かな香りが湧き出して、海の底へ引きずり込まれる。
ぶくぶくぶく。
僕は至福の海底で、溺れていくのです。
虎ノ門「と村」にて。