両国駅東口から歩いて10秒、横綱横丁界隈は、立ち食いそばの激戦区である。
なにしろ駅側には、東東京にチェーン展開する、人気立ち食いそばの「文殊」があり、「しなの屋」という店もある。
そんな通りに店を構えるのが、「富そば」だ。
激戦区に店を構えるだけあって、看板には、「コシの強さが自慢です。味自慢生めんそば」と、自信のほどを謳っている。
切り盛るのは、ご夫婦二人。
手ぬぐい鉢巻をした、元天ぷら屋というご主人が、そばを茹で、奥さんが完成させる。
朝八時。客は私一人だった。
かき揚げそば(350円)と小海老天(90円)を注文する。
つゆに浸かりながらもカリッと歯触りがいい、かき揚げが心地いい。
たっぷり入った玉ねぎが甘い。
小海老天は、小海老と呼ぶのが申し訳ないほどの大きさだ。
そばのコシは、謳い文句ほどではないけれど、つるつると口に入る食感で、勢いが出る。
その時、茶色のスーツに白シャツの女性が一人入ってきて、めかぶそば420円を注文した。
ちょっと古いけど、真行寺君江に似た女性は、長い髪を、後ろで束ねて待つ。
めかぶそばが運ばれると、静かに食べ始めた。
彼女の薄い唇に、めかぶとそばが、同時に吸い込まれていく。
その瞬間、口元あたりのめかぶが、妙に艶めかしく光沢を放った。
白い、彼女の頬が、ほんのり赤くなっていく。
つるるる。
客が、二人しかいない静かな空間に、彼女が蕎麦をすする音が、かすかに聞こえる。
ほかに客がいなくてよかった。
私は、立ち食いそば屋で初めて出会う、色っぽい光景への幸せを、ゆっくりと噛みしめた。
墨田区両国3-23-6
[月~金] 7:00~15:00 16:00~20:00 [土] 8:00~15:00
日曜・祝日
03-3631-1875
閉店