クリッ、クリッ。
そいつは手ごわかった。
白き肉が、歯と歯の間で爆ぜる。
硬いのではない。柔らかいのでもない。脂なき筋肉の勇壮が歯に食い込みながら砕け、弾ける。
噛んで、噛んで、噛む。厚引きにされ、普段より咀嚼回数が増えたフグから、エキスが次々と湧き出てくる。
口の中が旨味のコラーゲンで満たされる。
舌や歯、口腔内の粘膜や歯茎に、ペトペトと、フグの粘液がまとわりつく。
普通のフグは、3キロから4キロ半を使う。しかしこのフグは、6.8キロである。
萩沖で、特殊なハリを使い、巨大なフグだけを獲る漁師がいるのだという。
ゆず醤油だれと塩麹で焼き分けられた、焼きフグも、ふぐちりのフグも、数日寝かせているというのに、まだ生きているような命の発露があって、口の中で痛快に弾む。
圧巻はスパイシー揚げで、香りと味が強い衣の中にあっても負けることなき旨味を発散し、そのコラーゲンは、スッポンの如き逞しさでもって歯に食い込んでくる。
これはフグとの戦いである。
食うなら食ってみろと挑む旨味の重層を、人間が噛みしだく戦いである。
刺身を、ネギを粉末にし柑橘を加えたポイズンソルトにつけて食べれば、途端にエレガントな面が滲み、揚げれば猛々しい野生が顔を出す。
俺は一筋縄じゃ行かねえよ。と叫ぶフグの多面性に撃たれる戦いなのだ。
こんな巨大フグであるから、白子もでかい。
一つは、炊いたアラレの湯の火を止め、そこに白子を入れて冷ます。
生の気配を残しながらも、焼いたような香ばしさがあって、一口噛んだ瞬間、顔を赤らめた。
禁断の食感であり、口にした瞬間に妊娠してしまう味である。
一つは醤油だれで焼いてもらう。
甘辛い、ちょいと下品な味付けに笑う。
白子のエロスを堕落させて、さらに蠱惑を引き出す背徳感に、ほくそ笑む。
これもいけません。
そして最後は、皮や白子をたっぷりと入れた雑炊をいただく。
唇を卵が舐め、米の甘みが通り過ぎ、皮が歯に甘え、舌の上で白子が溶ける。
ごめんさい。と呟きたくなる桃源の味わいに、僕は少しだけ気が遠くなった。
「龍吟」にて。
クリッ、クリッ
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