「あんら、牧元さん、ひさすぶりぃ~」。
女将さんの津軽弁で、寒風に凍えていた心が、
ほっこりと緩んだ。
一年に一回だけど、来てよかったと、切実に思う。
十九代続く、津軽の豪商、石場家の長女として生まれ、
幼くして、津軽伝統の節句料理の手ほどきを受け、
祝儀、不祝儀、全てに通じるべく育てられた女将さんが、
谷中の土地に店を開いて35年。
今年で八十才になられるという。
胃を切られて、食べられるものは少なくなったけど、デリーのカシミールだけは欠かさないお母さん。
話好きで、席の横に座っては、昔話や息子のことや南部鉄器のことを延々と話すお母さん。
今宵は、お母さんの作る旧正月の料理。
辛塩の荒巻鮭、花みかん、紅白蒲鉾、鰊の昆布巻きの口取りに始まり
鮭すくめ(氷頭なます)、数の子、なまこの三杯酢と続き
なんとも味が抑制されて程よい、鮭の押しずし、真ダラの昆布締めが酒を呼ぶ。
そして囲炉裏に鉄鍋がかけられた。
本日の主役、じゃっぱ汁だ。
従妹が作る味噌で仕立てたじゃっぱ汁は、鱈はもちろん、葱も大根も人参も津軽産だ。
白子にうっとりと口を動かし、胃袋に歯が喜び、肝に目を細める。
ほろりと崩れる鱈の身は、ほの甘く、人参や大根は土の香りが確かにあって、
鱈と互いを高めあう。
そして肝が溶けた味噌の汁は、ますます優しく、色っぽくなっていく。
厳寒の地で生き抜いた、民の知恵が胃の腑を、隅々に渡る細胞を、温めていく。
外は雪が降っている。今夜はしばれるぞお~。
鍋を囲んだ全員が、
ここが東京だということを忘れていた。
閉店