鴨肉の魅力は脂にある。。
冬、寒さに備えて皮下にみっちりと蓄えた脂は、なんともうまい。
鉄分に溢れる肉と、さらりとしていながらコクのある脂を食べれば、肉を食らっている喜びが、体中を駆け抜ける。
そんな鴨に焦がれて、西荻窪で降りた。目指すは、「しゃも重」である。
西荻窪のはずれ、看板もなくひっそりと佇む古民家の、白い暖簾をくぐり、木戸を開ける。
裸電球の柔らかな光に満ちた店内は、土間にカウンターが十席とテーブル,奥には十人ほど入れる小上りがある。
長年の、客の愛着と酒が染みた店内は、古き良き風情があって、座るだけで都会の垢が剥がれおちていく。
この店の鴨鍋は、「鴨すき(一人前2650円)」である。
汁をはった鍋ではなく、鉄鍋であい鴨を焼くスタイルだ。
すぐにでも頼みたい衝動を抑えて酒を頼み、生蛸とわさびの茎をあえた、「たこわさび」や「氷頭なます」、「ポテトサラダ」といった肴で、気持ちをいなす。
酒の二本もいったところで、真打「鴨すき」にご登壇願おう。
具は、あい鴨のだき身と葱だけという潔さ。
しかも太っ腹。二人前で、3~4人は食べられる量が、盛られている。
鉄鍋にあい鴨の脂を敷き、ゆっくりと脂を溶かしていく。
十二分に脂が鍋にいきわたったところで、葱を投入。
ジャッという勢いのいい音とともに、葱の香りが立ちのぼる。
葱が鴨の脂をまとい、くたりと身を崩した頃合いで鴨肉を投入。
葱を片側に寄せ、肉をジイジイと焼いて、赤から茶色に変わった頃が食べごろだ。
もみじおろしを入れた、辛い染めおろしにつけて食べれば、肉からは猛々しい滋味が滲み出、甘みのある脂が、ちゅるりと溶ける。
ああたまらないと、箸が次々と伸びていく。
直焼きもいいが、葱の上に乗せて火を通す、「蒸し焼き」もいい。
優しい火入れで肉汁が保たれ、より加速感が増す。
そして葱。
鴨の脂をたっぷりまとい吸った葱のうまいこと。
くたくたとなったそいつを二、三個まとめてつかみ、おろしにつけて口に運ぶ。
冬葱の甘みに脂の甘み。互いが深みを増して抱き合い、顔はもう、緩みっぱなしとなる。
葱の脂煮である。不飽和脂肪酸を多く含む、クセのない鴨脂だからこそなせる技。
ここにこそ、この鍋の魅力があって、最後は鴨肉より、葱の取り合いとなること間違いなし。
締めは、うどんが雑炊。
味付けした出汁を注ぎ、作る。
いずれも表面に鴨の脂がびっしりと浮いてコクが増し、体を芯から温めてくれる。