「生きている!」
口に入れた豆苗が叫ぶ。
みずみずしく、青々しく、溌剌としている。
油と塩を均等に着込みながら、自ら生きてきた証であるエキスが、舌の上で爆ぜる。
清炒小豆苗
芥蘭菜という野菜がある。
アブラナ科のキャベツの仲間で、結球せず、炒めると甘みが増す、中国料理では一般的な野菜となる。
日本でも台湾でも中国でも食べてきた。
だがその芥蘭炒めは、他とは異なっていた。
茎だけ、しかも皮を剥いて炒めてあるのである。
だから美しい。
淡いひすい色の茎が、輝いている。
食感はアスパラガスを少し固茹でしたような感じだった。
シャクっと噛むと、品のいい甘みが滲み出る。
ブロッコリーの茎を甘くしたような、柔らかくしたキャベツの芯を食べたような甘さがある。
それがなんとも切ない。
芥蘭という野菜の中に秘めた純情を見たような気がした、
そして銀杏や百合根にも驚かされる。
ムチっとしてえぐみなく、中に銀杏の甘い餡を詰めたような、銀杏炒め。
ホクッとして、心を宥める甘みがこぼれ出る百合根。
惚れた。
豆苗、芥蘭、銀杏、百合根。
野菜炒めとは、人間と野菜が情を交わす料理なのだ。
台北「晶華軒」にて