赤と黒。
土佐で愛情を注いで育てられた赤牛と黒牛は、今、命を全うしようとしている。
肉を焼くために、数え切れないほど試行錯誤を繰り返し、最高に焼き上げる天才焼肉師の手によって、牛は真の成仏をしようとしている。
表面は焦げ茶色に覆われているが、これは焦げではない。
高温の炉で30分かけて焼かれるうちに、50回くらい返し返して焼き上げていった色が重なって、そう見せているのである。
つまり0.1mmほどの薄い薄い茶色が何層も重なって、焼き色を見せているのである。
だから歯を入れれば、ガリッと音を立て、香ばしさが広がりながら、苦味は微塵もない。
その後には、旨みの洪水がやってくる。
赤牛はことにすざまじい。
噛めば噛むほどに命の雄叫びが舌の上で渦巻き、僕らを圧倒する。
「キアーナ牛のビステッカフィオレンティーナより、確実にうまいと思います」。そう渡邊シェフが言うように、口の中で最後の一切れになるまで、旨みが膨らんでゆく。
そして余韻が長く、濃い。
余韻と赤ワインを合わせるだけで、精神が勃起するほどである。
肉食先進国のイタリアで生まれた、優れた肉焼きの方法を日本人のシェフが習得し、日本の牛を使ってイタリアで食べるより、最大限のうまさを膨らます。
日本に生まれてよかった。
赤坂「ヴァッカロッサ」にて。