赤牛の底力

食べ歩き ,

 

A5、松坂牛、神戸牛、バザス牛、ドライエージング、熟成肉。
僕らが牛肉を食べる時、様々な言葉が降ってくる。
人間の判断は往々にして不確かだから、言葉に頼りたくなる。
食べる前に味を信頼したくなる。


熊本あか牛を食べた。
東海大学産 阿蘇草原あか牛を食べた。
春先に野外で自然分娩させ、母牛と共に5.5ヶ月間親子放牧をさせたという夕波号をいただいた。
阿蘇の草原でのんびりと育てられ、学生たちに愛されて育った牛である。
牛はサカエヤの新保さんにあずけられ、新保さんは考える。


「イル・ジョット」高橋シェフの仕事を考慮し、あか牛の利点とデメリットを照らし合わせながら考える。
ドライエイジングはやめ、棚に置いた状態でやや湿度を高くし、黒毛で囲んで、黒毛の香りが脂に染み込むように、配置したという。
こうして最適な状態に仕上げて、高橋シェフの元へ手渡された。
肉塊を見れば、脂の下にうま味サインと呼ばれる灰色の線が現れている。
「早く私を焼いて」と肉が囁いている。


1皿目は、マリネした肉をローストビーフように
2皿目は、筋と骨でとった出汁で軽く加熱した塊である。
3皿目は、脂と筋の部分を煮込んだ塊である。
4皿目は、塊のまま炭火で焼き上げた肉を切ったものである。


食べれば、凛々しいあか牛の鉄分に、ほのかな黒毛の甘い香りが漂って、心を掻き立てる。
雄々しい味を噛み締め、噛み締めて、喉元に落ちようとする時、甘い香りが広がって、穏やかな気分となる。
煮込みは筋のコラーゲンが甘く溶け、ステーキは塩が肉の味を叩きつけてコーフンさせる。
歯が肉を砕くたびに、牛の命と共に上昇していくような、高揚感がある。
阿蘇山の広大な草原で、心地好さそうに草を食む牛を思い浮かべて、感謝した。
愛されて育った動物は、皆穏やかである。


この牛たちも、学生たちに可愛がられて、本来の牛らしく暮らして、皆穏やかな顔をした牛たちであるという。
牛を育てた学生や先生、肉屋の新保さん、高橋シェフ。
様々な人の知恵と熱意を経て、牛は昇華した。
僕らを幸せにし、血と肉となってくれた。深く心に刻む。
もう言葉はいらない。
震災で牛と別れざる得なくなった学生たちが、再び牛に触れる日が来ることを祈る。