タルタル。
この言葉が頭に浮かぶと、もういても立ってもいられなくなる。
「生肉食いてえ」という衝動にうずいて、心拍数が上がり、唾が出、舌なめずりをする。
向かうは「セラフェ」である。
「ユーゴデイノワイエ」、「セヴェロ」というパリの精肉店や、数のレストランで働き、かの肉食先進国文化を身に染み込ませた斎田シェフの、人懐こそうな笑顔を思い浮かべながら、店に向かう。
なにより挽き方がいい。
粗く挽いたのと細かく挽いたのとが混ざっている。
粗挽きは噛みしめる喜びを生み、細かく挽いたのは、滑らかさが口腔内を舐め回す。
猛々しい気分と、艷やかな気分が交錯して、肉と恋をする。
成熟した女性に口説かれた、ときめきがある。
胡椒の刺激、卵黄の甘さ、はしばみオイルのコク、エシャロットの香り、ケイパーの酸味、ケチャップの甘み、マスタードと辛味、玉ねぎの食感というすべてが、出すぎることなく、肉の色気をそっと膨らませている。
ある意味これは味というより、触覚の料理といったほうがいいのかもしれない。
だから男女の関係に似て、人間の本能を直撃するのだ、
目黒「セラフェ」にて。