浜松「幸羽」

真実の野菜。

食べ歩き ,

目の前ではジャガイモが串に刺され焼かれていた。
「春野町のジャガイモです」。
やがてそう言って差し出された。
焼いたジャガイモなのに、表面が焼けて硬くなってない。
緩くでんぷん化もしていない。
なぜだろう。
茹でたジャガイモのように、表面が溶けてもいない。
しかも噛めば、まだジャガイモのしっかりとした歯応えがある。
表面から中までが均一で、ダレがなく、噛んでいくと甘みが湧き出てくる。
聞けば一旦蒸したじゃがいもを焼いたのだという。
しかもその蒸し方が念入りだった。
「その後に焼く時間を考え、80度で1時間5分 85度で4分20秒蒸しました」。
おそらく何度も試行錯誤をして生まれた時間なのだろうが、それを一も簡単なようにさらりと言うご主人は、変態である。
俄然、ご主人にそこまでの情熱を傾けさせる春野町のその野菜が気になった。
「春野町は、奥多摩よりさらに田舎なんです」。地元出身で東京で働く連れが言う。
ご主人が続けた。
「みなさん高齢で、農家なんですけど、大根しか作ってない。だから余って掘り出さずに花とか咲いていたんですよ。そんな状況を見かねて、収穫物を取りまとめる人が一人現れました。○○さんとこは人参、○○さんとこはカボちゃ、○○さんとこは茄子といった具合にうまく分け、収穫期もずらし、野菜を集めて都会に出すんです。もともと土が良かったせいで農薬なしでやっています。みんな朝早く起きてピンセット持って虫取りされてます。
そのまとめている人ですか?はい一番若い人ですが、それでも70歳です」。
あとではナスが焼かれた。
食べると市販のナスに比べて、微かにえぐみがある。
でもこれが従来のナスの力なのであろう。
これがあってこそ、ナスの養分は蓄積されるのだろう。
そしてなぜかその茄子を噛んでいくと、蜂蜜のような香りが漂い始めるのだった。
浜松「幸羽」にて。