「ご飯の量これでいい? 手に持った方がわかるよ」。
「イワシ刺身でもたべられるやつだから、肝も食べてね、もしもさダメだったらおろしつけて食べると、食べやすくなるよ」。
「煮汁美味しいから、ご飯に汁かけて、ねこまんまにして食べて。本体食べなくても、ねこまんまにしたら、おいしいよ」
天神「味の正福」のご主人は、常にお客さんに声かけながら、魚を焼き、ご飯を盛り、厨房に煮付けや揚げ物、味噌汁を指示している。
ご主人は、背中にも頭のてっぺんにも目がついていて、細かい心遣いをいつもしている。
今日は、「赤ハタの煮付け」を選んだ。
するとご主人、伝票を見ながら僕に言う。
「大将、アカハタ頼むんだったらアラの方がオススメだよ。同じ仲間だからね。ほら」といって、頭とカマを見せてくれる。
「それじゃ、アラにしてください」。
ほうれん草とナス味噌炒め、できたての卵焼き、カキフライでビールを飲んでいると、生さば塩焼きとアラの煮付けが運ばれる。
アラはとろんとろんの部分としっかりとした筋肉質の部分が、歯や口腔に迫り、食べた瞬間に、体の力が抜け、笑ってしまった。
「どう? おいしい?」と、ご主人が聞いてきたので親指を立てて微笑むと、彼も嬉しそうに笑う。
「年末だというのに今日はどうしたの?」と聞くので、「いやあ食べに来たくて」と返すと、またまた子供のような笑顔になって「ありがと」という。
この定食屋に来るのは、とびきりの魚がいただけるからであり、胡麻鯖やナス味噌炒め、卵焼きといったサイドメニューも美味しいからである。
他のお客さんもそれが目的なので、定食屋といえど、昼から3千円近く払って帰るお客さんがほとんどである。
でも僕がこの店に来るのは、それだけではない。
ご主人の接客や、少しだけ交わす会話に出会うためである
なぜなら定食屋は、料理の味が最も肝心であるが、それ以上に大切なのは、“人情の味“だと思うからである。