デリケートなロマン

食べ歩き ,

デリケートで、ロマンを抱いた娼婦だった。
今日まで、様々な娼婦に出会ったが、こんな娼婦には、出会っことがない。
ニンニクが入るので精がつくためか、身近な食材で簡単にできるせいか、プッタネスカ 娼婦風と名づけられたこのパスタ料理は、トマト、ニンニク、ケイパー、アンチョビ、唐辛子、黒オリーブが入る。
トマトの赤にオリーブの黒が点在する光景である。
しかし小池シェフは、黄色いトマトを使った。
食べれば、軽く火を通したトマトの、新鮮な甘みが広がり、ケイパーの酸味やオリーブの渋み、ニンニクの香りなどが連なっていく。
普通のプッタネスカが、どちらかというと、無骨なのに対し、これは繊細である。
いや素朴といったほうがいいだろうか。
しみじみとした旨さが広がって、心を打つ。
そしてそのしみじみの中から、刺激的な香りが立って、どきりとさせられる。
温和に微笑む娼婦が、一瞬恐ろしいほどの色香を見せた瞬間のような、惑わせがある。
聞けば、マジョラムだという。
「イタリア、カンパーニャに渡った最初のトマトは、黄色かった。赤いトマトが栽培されたのは、だいぶ経ってからのことです。そして土地には、マジョラムが咲き乱れていた。だからプッタネスカの原初はこうでなかったかと思うのです」。
小池シェフは、訥々とこの料理方法にした、必然を語る。
そう。何事も原初は、切ないほどに、素朴なのである。
オステリア デッロ スクードの全料理は、別コラムを参照してください