カニ爪は、

食べ歩き ,

カニ爪は、カニ脚より味がやや劣る。と、今まで思っていた。
繊維が太く短い分、加熱すると、水分や旨みが失われやすい。
噛んだ時の厚みはあるが、味わいが淡白である。と、思っていた。
「カニ吉」の山田さんは、そのため細心の加熱をする。
爪先を掴み、ふつふつと温まった鍋つゆに剥いたカニ爪の肉を浸す。
生より二歩火が入った瞬間を見極め、皿に置き、そのまま1分待つ。
白き肢体は粒のように立って、濡れて光り、今すぐにも口にしたい衝動を煽る。
前歯でしごくと、肉が玉となって舌の上を滑り、やがて甘く溶けていく。
その小さな小さな一粒ごとに、たっぷりの海の豊穣を湛えて、弾けていく。
それは朝露である。
葉の上を滑るが如く、舌に広がって、純潔な甘みをそっと滴らせるのだ。
それは海の花である。
花びらの如く口の中を舞い散って、たおやかなうま味の華を咲かすのだ。