「カキフライ始めました」。
この言葉に躍らされてはいけない。
カキフライの旬は2月なのだ。
それまで食べ飽きぬよう、じっと我慢をするのが正しい生き方である。
もちろんちょいと浮気をしてもいい。
「シーズン到来。どれ食べてみるかな」と、1~2軒行くのはいい。
しかし、つい弾みがついて、11月も12月も1月も食べ回り、
2月には「もういいや状態」になってしまう人がいるという。
これはいけません。
旬の2月まで、じっと耐え忍ばなければいけません。
これがまず、「カキフライの正しいお作法」における前提である。
2月のとある日、起きてみれば、からりと晴れ、春を予感させる青い空が、高く広がっている。
そんな日こそ「カキフライ日より」である。
好きな店に出かけよう。
「カキフライ下さい」。自分の口から出た声だけで、もう唾液が流れ出す。
まずあなたがしなければならないことは、準備である。
トイレに行って用を足し、食事中にもよおさぬようにしなければいかない。
手と顔を洗浄し、身を清めよう。
席に戻ったら、箸を頼む。
洋食屋ではフォークナイフが多いが、必ず事前に箸をもらう。
「カキフライは箸で食べるとよりおいしい」。
真実である。
ナイフで切って口に運ぶより、箸でカキフライを挟んで、食いちぎる。
この食感を知ったら、ナイフフォークなぞ使えなくなる。
もちろん、「箸のご用意はありません」。という店もあるから、マイ箸を持参することも忘れてはならない。
ベストは杉の箸だが、割り箸で充分。
塗りの箸、象牙、プラスチックは似合わない。
次にテーブルの上を指差し確認する。
ソースは? 塩は? 芥子は?
テーブル上に用意されているか確かめ、無ければ事前に頼んでおく。
タルタルソースだけしか用意されない店もあるので、要注意である。
これもマイ箸同様、マイ調味料を用意するという手もあるが、
そこまで凝ると、気疲れするのでやめておこう。
さていよいよカキフライ様の登場である。
その雄姿を眺め、立ち上る湯気の香りに目を細めたら、直ちにカキフライを分散移動させる。
噛んだ瞬間に、牡蠣の体液が、ゆるりと流れ出た。この日まで待ちわびたエキスが、流れ出た。