これぞとんかつの醍醐味

食べ歩き ,

今日、新たなトンカツ屋が開店した。
いや、正確に言えば“新たな”ではない。
以前やっていた店を、弟子に譲り、自分は新たな店を阿佐ヶ谷に開いたのである。
場所は、周りに飲食店などなき閑静な住宅街にあって、ひっそりと看板を出す。
ご主人は、以前より広々とした厨房で、気持ちよさそうに働かれていた。
変わらず。どこにもないとんかつである。
見事な、都内随一のとんかつである。
糖分を抑えた特注のパン粉を、優しく抱きしめるようにつけ、低温の油からじっくり温度を上げて肉を揚げる。
そのやり方は変わらないが、パン粉のキメが以前より微妙に小さくなったことと、それに伴ってか衣の量が、微かに少なっている。
それが豚肉との美しい均整美を生み出す。
低温から揚げられているのに、衣はまったく油を感じさせず、サクサクと軽やかな音を立てながら、香ばしさを漂わす。
歯が肉にめり込むと、ほのかに甘い肉汁が滲み出て口に広がり、目を閉じる。
笑う。
これぞとんかつの醍醐味である。
脂は口どけよく、噛めばするると溶けてしまう。
口の中はいつまでも、春の陽だまりのような、穏やかな甘い香りが残って、うっとりとさせる。
こんな優しいとんかつは、なにもつけないか、塩だけがいい。
都度手切りされるキャベツは、細く、甘く、みずみずしく、キャベツへの愛に満ちている。
このキャベツに、剥がれた衣の破片を混ぜ、クルトン風にして食べても面白い。
根菜の豚汁も申し分なく、沢庵、大根、キュウリ、キャベツという布陣のお新香もご飯も上等。
当然ながらこのさらに落ちた衣をかき集め、最後はご飯に塩とともにかけて衣バラご飯にした。
ああ、また「成蔵」に出会えたことが、なにより嬉しい。
注 決して写真を拡大して断面など見ないでください。責任は取りません