「焦らさないで」。僕はサワラに、そうお願いをした。
脂がじっとりとのっているのに、品がある。
気高いシルクのブラウスで包んだ色香が憎い。
なんというサワラだろう。
薄紅色が刺したに身を舌に乗せる。噛む。脂の甘みがゆるりと流れ、「うっ」とため息を漏らした瞬間、その誘惑は消えている。
取り合わせは、白いかに夜泣き貝。
以前は、誰も食べることがなかったという夜泣き貝は、今は高級貝である。噛めばコリッと音が響いて、海苔の香りたち、かすかな甘みがにじみ出る。魅力は、サザエにも似た、いやサザエより痛快で軽い食感だろう。
コリッ、コリッと噛みしだけば、世の憂さが飛んでいく。
そして添えた、小さき胡瓜の酸味が効いている。
黒メバルの煮付けはなめらかで、舌にふわりと密着するような感が、たまりません。
それでいて煮汁に負けぬうま味が、ゆるゆると口を満たすのである。
一方広島の穴子は、ふっくらと。獰猛な甘みを秘めて、カブの優しさと抱き合っている。
さらに吉田牧場のカッチョカバロを焼いて、三国屋の海苔にのせりゃ笑い止まらず、香茸のホロ苦味と甘み、そして山の香りを包み込んだ白和えにむせび泣く。
締めは、三国屋の海苔と塩おにぎり、アサリの味噌汁、ドライアイスで渋を抜いた柿といく。
広島「白鷹」の素晴らしき夜。