「浜作」のお椀

食べ歩き ,

「浜作」のお椀は唯一無二である。
出汁には、もう採れなくなってしまった尾札部の真昆布を大量に使う。
出汁をとる時間は短い。
「昆布の旨みの3割がよく、あと7割はよろしくない。昆布の香りがするお出汁はいけません。だから7割を出さぬよう、大量の昆布を入れて、3割だけを引き出すのです」。
来年3月末で閉店されるのも、大量に購入していた昆布がなくなって、浜作の出汁が取れなくからでもあるという。
4月のお椀は、「蟹しんじょ椀」だった。
ホタテと合わせ、蓮根と生姜を入れた、ワタリガニのほぐし身のしんじじょである。
椀妻は、わらび、よりウド、より人参、吸い口は、木の芽が添えられた。
まずつゆを一口飲む。
瞬く間に、全細胞が緩んだ。
「はあ」。
もはや美味しいとも言えない。
いや言葉にすると、旨みが逃げてしまいそうで、ため息だけを吐いた。
圧倒的なうまみが口腔を占拠して、喜びが心を満たす。
我に帰り、しんじょに箸を入れると、軽く力を入れただけで、崩れていった。
お椀の中で軽やかに割れる柔らかさにするために。7分しか蒸してないのだという。
カニの甘みに、気品が灯っている。
一緒にされたホタテやレンコンの気配もなく、カニの優しさだけが舌を撫で、喉に落ちていった。
ふたたびつゆをいただく。
「はぁ〜」。
蟹の身から滲み出た滋味が溶け込んで、深く深くなっていく味わいに、ゆっくりと心を沈めていく。
脳幹がしびれ、精神は弛緩し、体がふわりと虚空に浮かんでいった。