「天人合一」。

食べ歩き , 寄稿記事 ,

「天人合一」。自然と人間の関わりを問う穏やかな時間。

母から娘に伝えられてきた知恵と愛情に、薬膳の心を知る。

 

「おいしいハムユイ炒飯を食べさせる店が出来たよ」。

そう人から聞いて出かけたのは、昼時だった。メニューを開けば、アラカルトにあるじゃないですか、「鹹魚鶏粒炒飯」千円。

ランチ時でも出来るといわれ、嬉々として頼めば、やがて臭きこと良きかなの香り漂わせて、炒飯が運ばれた。

炒飯は申し分なしのおいしさ。しかしそれ以上に顔が輝いたのが、スープであった。

「本日のスープです」。と、置かれた小さな器から、滋養に満ちた甘い空気が立ち昇って顔を包み込む。一口すすれば、濁りのないうまみが舌に流れ、おもわず目を細めた。

具は、紅心大根に棗、スペアリブ。重なりあった香りと養分が、身体に染みていく。あわただしかった時間が、落ち着きを取り戻し、都会の垢が落ちていく。

ハムユイ炒飯にこのスープ。そしてこの値段。料理長のただならぬ心根を感じて、すぐさま夕食に参戦したのである。

メニューを開き、まず目に飛び込んできたのが、「天人合一」という言葉だった。

人と自然は不可分であり、密接に関わりあいながら生き、生かされている。自然の変化は人間の変化にも繋がるという、漢方医学において、欠かせない思想の一つである。

天人合一思想に基づき、「体と心を癒す料理」を、負担なく食べていただけるよう努力していくというのが、料理長であり店長である薮崎友宏氏の指針だ。

しかし、こうして薬膳の根本思想を掲げる店ではあるが、料理自体に薬膳のウンチクが散りばめられているわけではない。

前菜から始まる最初の見開きには、「ピータン豆腐」や「麻婆豆腐」、「フカヒレの姿煮」といったお馴染みのメニューに混じり、海老チリにパルミジャーノを合わせた皿やトンポーローにマッシュポテトを合わせた皿が好奇心を掻き立てる。

そして、「大腸パリパリ揚げ」や「蒸しスープ」、旬の野菜や魚の炒め物と蒸し物、「広東ダック」や「鶏足の柔らか蒸し」、「水煮牛肉」といった、食いしん坊心くすぐる「本日のおすすめ」へと続く。

さらに次頁は、「広東家郷菜」。鹹魚、蝦醤、腐乳、柱候醤、南乳など醗酵調味料を使った、家庭料理の数々。

最後に、鹿のアキレス腱やナマコなど高級乾貨料理のページで締めくくられる。

どうです。片端から頼みたくなる、バリエーションに富んだメニューではありませんか?

中でも藪崎氏の考えが明確に出ているのが、横浜「菜香」で学び、香港でホームステイして感じ取ったという、「広東家郷菜」だろう。

「瑶柱肉崧蒸水蛋(ひき肉と干し貝柱の中華風茶碗蒸し」は、閉じ込められ、熱を加えられて膨らんだ、ひき肉と干し貝柱のうまみが、黄身の優しい甘みの中で、爆発する逸品。

「蝦醤蒸肉片豆腐(海老醗酵味噌と豚肉、豆腐の蒸し物)」は、蝦醤の濃い個性で覆いながらも、豚肉の香りと甘みを生かした料理。

また、「柱侯醤火文牛什(牛のアキレス腱・ハチノス・すじの広東味噌煮込み)」は、柱候醤の甘みとコクが、口の中で弾む腱やスジのコラーゲン、ハチノスの食感を引き立てる。

いずれも穏やかな味付けながらも口に入れた瞬間、猛烈にご飯が恋しくなる強さがある。毎日食べても飽きぬ温かさがある。

薬膳というと、漢方素材を駆使した料理を想像しがちだが、薮崎氏は、こうして母から娘に連綿と伝えられてきた料理にも、知恵と旬が込められ、薬膳につながる健やかさが息づいていると考える。

広東家郷菜以外にも、溶け込んだ様々な香りとむせるような辛さに虜となる、「水煮牛肉」。色濃く出た豆腐本来の甘みが、麻辣と渡り合って刺激を増す、「蒸したて豆乳豆腐の麻婆仕立て」など、脳と身体を活性化させるおいしさが潜む料理が並ぶ。

そして前出の「本日の蒸しスープ」。ある日のそれは、具が広東白菜、乾燥イチジク、黄耆、スペアリブで、深く、まるい滋味を満々と湛えて、飲むたびに充足のため息をつかせるのである。

恐らく、まだやりたいところの半分くらいだろう。しかし、物事の本質や真髄を意味する言葉から、中国料理の本質・真髄を提供したいと「Essence」と名づけた彼の思いは、魅力的な皿となって進化しつづけるに違いない。

もっともボクは、料理をいただいていて、真髄もさることながら、人間にとって「不可欠な要素」という「Essence」の別な意味を噛み締めるのである。