「さごちです」。そう言って出された握りを食べると、40代前半だと思われるカップルは、囁きあった。
「サゴチってなんだろうね」。
聞こうにも寿司屋のご主人は、目の前から離れてしまっている。
すると隣に座っていた中国人が、助け舟を出した。
「さわらの子供です。50センチほどのやつなんです。酢洗いしてからかるくづけにしてありますね」。日本語が流暢である。
「そうなんですね」。と二人は、適切な解説に驚いたようだった。
「お寿司お好きですか?」と、中国人が尋ねる。
二人はにっこりとうなづいた。
「僕も大好きです。この店のシャリ美味しいと思いませんか? この酢の塩梅がとても素敵です」。そういうと中国人はうっとりと宙を見つめて、目を閉じた。
もしかすると10年、いや5年後にはこういう光景が見られるかもしれない。
先日お寿司屋さんで同席したのは、台湾と香港の方だった。
二人ともなんども来日しては、様々な店に行っている。
その二人が終始話していたのは、その店の酢飯の素晴らしさだった。
そして一通り握りが終わった後、「おかわりは?」と聞かれると、真っ先にその日のベストの一つだと思われる、さごちをリクエストした。
左隣は、やはり中国の方で、推定30代後半、一人でいらっしゃっている。
途中」カツオが出た時、「カツオは、割らないとわからないから大変でしょう」と僕がご主人に話すと
「ええ、割ったやつを河岸で食べて納得いっても、たまに夜まで持たないやつがあるんですよ」と、ご主人が返した。
するとすかさず「アマダイも同じように。見た目だけでわからないから、大変ですよね」と、その中国の方が口を挟んだ。
こうして、もう日本人より中国や海外の人の方が、寿司や魚を詳しいんじゃないだろうかと思う時がある。
彼らは、全国の名だたる寿司屋を、真剣に食べているのだ。
同じ30代の日本人で、ここまで精通している人はいるのだろうか?
僕が知らないだけかもしれないが、知識量が逆転する日は近い。
改めて、兜の緒を締めた。
「蛎殻町 すぎ田」にて