「と・ん・か・つ」。
もしいま、耳元で囁かれたら、僕は一気に崩れ落ちる。
仕事やゴルフ、車や愛人(ちょっと見栄張りました)のことを考えていても、即座に思考は停止し、心拍数が上がって鼻息が荒くなり、頭のてっぺんからつま先まで、とんかつになっちゃう。
もう目の前にはとんかつ様が横たわっている。浅緑色のキャベツを枕にしている。
からりと狐色に揚がった衣から、ラードの香りがぷんと漂って、鼻腔をくすぐる。喉が鳴る。中心をほんのりピンク色に染めた断面を、箸でちょいと押してみる。
じっ。
半透明の肉汁が染み出す。
急げ。
すかさず一切れを口に運ぶ。
「サクッ」。
軽快な音が響いて、歯は衣を突き破り、肉にめり込んでいく。瞬間、甘いジュースが流れ出て、口の中をゆるゆると満たしていく。
「あうっ」。
嗚咽をもらして、笑顔となる。幸せが全身を走る。
よし次は塩でいってみるか。その後にソース、ご飯という段取りでいこう・・・。
そんな光景で頭の中は埋めつくされる。
こうなるともう、居ても立ってもいられなくなるわけですね。
「とんかつぅぅぅ」と、叫びながら、上野浅草方面(赤坂方面の時もあり)に走っていくしかないのである。
関西人なら「び・ふ・か・つ」だろうが、僕は断然「とんかつ」である。「エビフライ」でも「カキフライ」でも、「ハンバーグ」でもない、とんかつである。
こんなに症状が激しくなったのは、最近になってからであった。
年を重ねると油っぽいものは食べたくなくなるという人が多いが、どうやら僕の場合は逆である。
ただ、とんかつを食べようとすると、「いまの体重をどう考えているのか」。
「年齢的に論外だろ」。
「ただでさえ食べすぎなのにとんかつなんて」。
「カロリーの高いものは、取材以外ではやめると誓ったのに」。
「またメタボリックを促進させるのか」と、内なる声が次々と叫びだす。
それでも食べちゃうもんねと意固地になり、半ば凶暴になって、とんかつ屋に出向くもんだから、余計にうまいんですよ、これが。
とんかつを目の前にして、太ってやるぞうハハハ、というマゾと、食らって食らって征服してやるわいというサドが交錯するので、なおさらうまいんですね。
幸か不幸か、会食や取材で食べなくてはいけない予定が詰まっているので、とんかつは滅多にいただけない。
今日はなにもないなあという空白に、とんかつは登壇する。
空白とんかつ。
エアポケットかつ。
ほら、そう思うと、「こうしてはいられぬ」と、一刻の猶予もない気持ちになってくるでしょ。
以下次号
もしいま、耳元で囁かれたら、僕は一気に崩れ落ちる。
仕事やゴルフ、車や愛人(ちょっと見栄張りました)のことを考えていても、即座に思考は停止し、心拍数が上がって鼻息が荒くなり、頭のてっぺんからつま先まで、とんかつになっちゃう。
もう目の前にはとんかつ様が横たわっている。浅緑色のキャベツを枕にしている。
からりと狐色に揚がった衣から、ラードの香りがぷんと漂って、鼻腔をくすぐる。喉が鳴る。中心をほんのりピンク色に染めた断面を、箸でちょいと押してみる。
じっ。
半透明の肉汁が染み出す。
急げ。
すかさず一切れを口に運ぶ。
「サクッ」。
軽快な音が響いて、歯は衣を突き破り、肉にめり込んでいく。瞬間、甘いジュースが流れ出て、口の中をゆるゆると満たしていく。
「あうっ」。
嗚咽をもらして、笑顔となる。幸せが全身を走る。
よし次は塩でいってみるか。その後にソース、ご飯という段取りでいこう・・・。
そんな光景で頭の中は埋めつくされる。
こうなるともう、居ても立ってもいられなくなるわけですね。
「とんかつぅぅぅ」と、叫びながら、上野浅草方面(赤坂方面の時もあり)に走っていくしかないのである。
関西人なら「び・ふ・か・つ」だろうが、僕は断然「とんかつ」である。「エビフライ」でも「カキフライ」でも、「ハンバーグ」でもない、とんかつである。
こんなに症状が激しくなったのは、最近になってからであった。
年を重ねると油っぽいものは食べたくなくなるという人が多いが、どうやら僕の場合は逆である。
ただ、とんかつを食べようとすると、「いまの体重をどう考えているのか」。
「年齢的に論外だろ」。
「ただでさえ食べすぎなのにとんかつなんて」。
「カロリーの高いものは、取材以外ではやめると誓ったのに」。
「またメタボリックを促進させるのか」と、内なる声が次々と叫びだす。
それでも食べちゃうもんねと意固地になり、半ば凶暴になって、とんかつ屋に出向くもんだから、余計にうまいんですよ、これが。
とんかつを目の前にして、太ってやるぞうハハハ、というマゾと、食らって食らって征服してやるわいというサドが交錯するので、なおさらうまいんですね。
幸か不幸か、会食や取材で食べなくてはいけない予定が詰まっているので、とんかつは滅多にいただけない。
今日はなにもないなあという空白に、とんかつは登壇する。
空白とんかつ。
エアポケットかつ。
ほら、そう思うと、「こうしてはいられぬ」と、一刻の猶予もない気持ちになってくるでしょ。
以下次号