ここ数年で出会った鹿肉料理では、3本の指に入る傑作だった。
「リストランテ ホンダ」の「蝦夷鹿のロティ 赤ワイン黒胡椒ソース、柿のモスタルダ漬添え」である。
噛めば歯が、すうっとと飲み込まれていく。
肉はどこまでもきめ細やかで、歯を迎え入れ、血を滴らせる。
今さっきまで生きていたかのような、純潔がありながら、人の手によって引き出された勇猛がある。
目を閉じると、しなやかに身を躍らせながら森の中を駆けいく姿が見えた。
その生き様を、その純粋を、本多シェフが深く理解し、敬意を払って、精妙に火を入れる。
これ以上いくと生の勢いが失われ、一方足りないと、滋味の膨らみが足りない。
その小さな小さな一点を極めた加熱が、我々の胸に迫る。
誰にも束縛されず、ストレスなく、自由に命を育んできた動物だけが持つ、澄んだ味わいが、噛むほどに滲み出て、口を満たしていく。
エキスは、舌を過ぎ喉に落ちて、細胞へと染み渡る。
その時、思わず涙が滲んだ。
ありがとう。と、小さくつぶやいて、濡れた瞼を拭った。
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