不思議な気分である。
その年に生まれてもいないのに、懐かしい。
その場にいたこともないのに、覚えている。
その店は、昭和の初めに賑わっていた上海租界だった。
映画で見た記憶が、自分の記憶とすり替えられたのだろうか。
それとも、生まれる前の記憶が居座り続けているのだろうか。
とにもかくにも、ここに座ると、胸騒ぎがする。
酒を飲むぞ、飯を食うぞ、いい女を口説くぞ、そんな気分が体から湧き上がってくるのである。
しかも料理は、熟成した肉のステーキである。
噛むほどにうまみが膨らむ肉の塊を、女性と一緒にかぶりつく。
互いに目を合わせて笑う。
これほどコーフンを呼ぶ夜はないじゃありませんか。
さらに小腹が空けば、セリの炊き込みご飯を頼み、そこに小さく切ったステーキを醤油と混ぜたものを乗せちゃう。
あるいは、もう一度鍋を火にかけてもらって、おこげを作ってもらう。
さらに調子に乗って、ネギも黄ニラも姿は見えないのに香りがする、上湯麺を作ってもらう。
その途端に、ああここはやはり上海租界だと思う。
どこにもない、懐かしいが新しいステーキ店なのであります。