年が明けると、どこで「カキフライ初め」をしようか、ムムムと悩む。
偏執的カキフライ好きゆえに、あえて年末までは食べない。「カキフライ始めました」の張り紙を見ながら、堪えに堪え、思いの丈を年明けにぶつけるのである。
東銀座「かつ銀」の二個抱き合わせカキフライ、銀座「煉瓦亭」の香ばしいカキフライ、上野「平兵衛」の低温揚げカキフライ、麹町「おがわ」の串刺しカキフライ、新橋「安芸路酔心」の胡麻風味カキフライ。
思いが千々に乱れ、顔はにやけ、血圧は上がり、涎が流れ出す。
そして今年は、浅草「ゆたか」に決めた。この店で、昼からゆるりと酒でも飲みながら、楽しもうってえわけです。
「ゆたか」はとんかつ屋ながら、酒肴がよく、呑兵衛はたまらない店なのだ。
清潔感と風情に富む店内で、まずそば前ならぬフライ前で一杯。ビールに板わさとぬたかな。
早くカキフライが食べたいと思う気持ちを、じらしながら飲むうまさ。
隣席にとんかつが運ばれても、心は揺るがない。
調子が上がってきた頃合いで、カキフライを頼む。ついでに燗酒も頼む。
揚がるまで、燗酒をやりながら、じっくり待つ。
さあご登壇。キャベツの千切り、自家製マヨネーズを添えて出される五個のカキフライ。
まずはなにもかけずに一齧り。なによりもまず、狐色の衣がうまい。
サクッカリリと音が弾ける衣は、中粗なのに舌や歯に当たらず、軽やかで香ばしい。
衣を突き破れば半生、精妙に火が通された牡蠣のうまみが爆発する。
齧った断面は、牡蠣のジュースが滲み出て、しまった、食べられたという表情だ。
次に塩。牡蠣の甘みが増して、顔が崩れる。ここですかさず燗酒だ。
フライにはビールが定説だが、燗酒も試してごらんなさい。カキフライを口に入れたまま、酒を流し込むと、途端に牡蠣のうま味がエロティックに変化する。
そして次にマヨネーズ。衣ではなく、齧った断面になすりつけて食べるようにするといい。牡蠣の「くにゃり」とマヨネーズの「ふわり」が共鳴して、箸が加速する。
箸でつかみ、はふはふとほおばり、ここでご飯。
レモンは衣にかけるとしおれるので、皿にたらし、浸けて食べる。またはキャベツにたっぷり絞って、箸休めにするのも楽しいぞ。
最後の一個にソースをかけりゃ、さらにうまみが厚くなり、ご飯が進むことこの上なし。
気配りの行き届いた女性店員が、「いつもは三陸産なのですが、ご用意できなくて」と、申し訳なさそうに伝えた。
胸が痛む。よし今年か来年は禁を破り、十一月に食べよう。復活した三陸のカキフライを、たらふく食べよう。