<シリーズ食べる人>とんかつ編

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<シリーズ食べる人>とんかつ編
とんかつ屋は人生劇場である。
とんかつ屋では、カウンターが空いていると必ず座る。
すらりと並んでとんかつを食べる様がいい。
他の人の食べ方を見ることができるところもいい。
今日もとんかつ屋に入る。
「ロースカツ大 ご飯は平らで」。
「ご飯は“たいら”」?
常連であろう。
この店では、ご飯が山盛りで出されるので、それを平らで出してくれという。
「ご飯少な目」ではなく、「“たいら”で」。
“たいら”おじさん。かっこいい。
隣の推定20代後半の女性は、並のロースに海老フライ1本つけた。
メニューにはない上新香を頼み、通常についてくるお新香を上新香の小鉢に移し替え、その小皿に醤油を入れて、とんかつをつけて食べている。
彼女は何を言われても屈せず、「断然醤油派」の人生を歩んできたのだろう。
潔い。
だが「断然醤油派」は、キャベツを残した。
しかも大量に残した。
ソースをかけていない。
確かになにもかけないキャベツは、食べづらい。
そう彼女は、「断然醤油派」の上に「ソース嫌い派」なのであった。
しかしエビフライには醤油をつけず、塩をかけて食べている。
訂正しよう。
「断然醤油カツだけ派」なのであった。
その隣にオタク風で黒服、長髪ぼさぼさ小太り推定20代後半男性が座った。
出てきた上ロースかつすべてに、ソースをどぼどぼかけて、笑っている。
静かに笑っている。
ソースをかけながら笑っている。
ホラーである。
左隣はオジサンで、ヒレカツ単品を頼んだ。
え? ご飯は食べないの? ビールも頼まないの?
どうするかと思えば、ヒレカツを食べては、お茶を飲んでいる。
ううむ。
糖質ダイエット(でも衣は食べるのね)か、ライザップで炭水化物ダイエットしている下戸であろうか。
さて、先の“たいら”オジサンにカツが運ばれた。
“たいら”オジサンは、カツの衣の二切れ分ずつに、ソースをかけて食べ始めた。
正しい。
衣がいつまでもカリッとなるもんね。
ソースがかかったカツは、一旦横向きにし、肉の面にたっぷり溶き辛子を塗った。
新しい。
なぜ衣につけないのか?
衣より肉に辛子をつけた方が、辛味が効くからだろう。
それにしても、つけすぎではないか。
ほうら涙ぐんでいる。
それでも“たいら”オジサンはめげない。
たっぷりたっぷりつけてはほおばり、涙を流す。
お茶でリセットしては、またかつに辛子をたっぷりつけて。涙を流す。
“たいら”おじさんは、M体質に違いない。
それとも、よほど辛いことがあったのだろうか。
そして言った。
涙で頬を濡らしながら、むせび泣くように声を絞り出した。
「すいません。溶きがらし、もう少しください」。
とんかつ屋は、人生劇場である。