永楽の緑交趾皿に、魚が座っている。
鰆の祐庵焼きである。
江戸時代の茶人、北村祐庵(堅田幽庵)が考案したという料理で、魚を幽庵地に漬けて焼く料理である。
おそらくは味と保存性を高めるという両得を狙った料理だと思われるが、流通が発達した今でも、広く用いられている。
幽庵地は味の濃いものであるから、それと魚本来の持ち味をどう折り合いをつけるのか、難しさが問われる料理だろう。
魚と皿、以上である。
その潔さこそが、美であり、限りなく自然に近い。
エメラルドグリーンの只中で、淡い茶をまとった白身魚が鎮座している。
息を潜めて食べられるのを待っている気配もまた、愛おしい。
箸をつけると、魚ははらりと身を崩す。
口に運べば、舌にすうっと吸い付いて、しっとりした体を広げる。
幽庵地の甘辛さの奥から、鰆の繊細な甘さが顔を出す。
その甘みはかすかなのだが、噛み締めるうちに膨らんで、優美に変わっていった。
幽庵地は決して出過ぎず、ひっそりと共生して、鰆の滋味を見守っている。
もしここにはじかみなどのあしらいや、笹の葉などの飾りがあったなら、興醒めしてしまうだろう。
鰆は孤高の美しさをたなびかせながら、静かに消えていった。
元赤坂「辻留」にて