北海道あいはら

隠れ家グルメ84 番外地で、酒とワルツを踊るの巻。

食べ歩き ,

我々は逃走していた。

二十分前からカーナビゲーションも機能していない。

周囲は原野、目ざすは番外地である。

目前では、生い茂った二メートル近いススキが海風にさらされ、我々を招き入れるかのようにおじぎをくり返している。

その中を、風花が陽の光を反射させながら舞う。

「おいほんとにこの方向でいいのか」。

「間違いねえ。したっけほら、見えてきたゾ灯台だ」。

友人が指指す先に、小さく灯台の頭が見えた。

 

ここに来ようと誘われたのは、夏だった。

「石狩の浜に鮭料理のうまい店があるって聞いたんだけども、今度来たときでもいってみねえか」。

「行く」。

即答して二ヵ月後、今日の佳き日を迎えた。

しかし石狩出身の彼さえも迷う場所だとは思わなかった。

とても飲食店があるような場所じゃない。

なにしろ灯台以外は建物すらなく、一本道が続くススキ野原と砂浜しかない。

「いやあ、灯台をめざしてくれば、すぐにわかるよ」。

電話に出た店主はいたって呑気に言い放ったが、いったいどこが。

我々は昼飯を逸する危機を脱すべく、懸命に目を凝らし、目標物を捜す。

だが無い。

焦りがじりじりと気持ちを追い立てる。

「おんやあ、あれ。あれでないか」。 友人が叫んだ。

かなたに赤茶けた屋根が微かに見える。

「見つけたぞ!」。

まるで秘境探検の如し。興奮が体を巡り、早くも唾液がせり上がってきた。

我々は、なんとか建物への道を探し出し、車を走らせる。

家はぽつねんと野原に佇んでいた。

海風のせいだろう、外壁は剥げ落ち、看板の文字は

かすれ、廃屋のようでもある。

人気もない。

「ごめんくださぁーい。 誰かいますかぁ」。

大声で叫んだが、声は風にかき消され、何事もなかったようにヒュウッと風が体をたたいた。

 

「ほんとにここでいいんだか」。

おじけづく友人を無視し、ひしげ、歪んだガラス戸に力を込めた。

ガラララッ。

ようやく扉が開くと、その音を聞きつけたか、家の奥から人のうごめく気配がする。

やがて作務衣を着こんだ、恰幅のいい初老の男性が現れた。

「いらっしゃい、よおういらっしゃいました」。

笑った目がやさしい。

ずっと来ることを待ち侘びていたような口調で、久しぶりに親

戚の家を訪ねた子供たちのような気分である。

ご主人は、予約をした我々の名前を確認しようともしない。

約束の時間に遅れた詫びをしたが、気にする素振りもない。

それもそのはず、40畳貼ろうかという大広間に、客は我々2人だけだった。

 

「灯台目指してくりゃ、すぐにわかったでしょう」。

茶を運んできたご主人がにこやかに微笑む。

「ええ」。

ご主人の安楽な態度に呑まれて、先ほどまでの苦労なぞ、どうでもよくなってきた。

「さっ、これがメニューね。きょうはほら、そこの浜で穫れたいい鮭入ってっから、どれもおいしいよお。さっどれにする?」

「よしっ。ここは一番高い九千円コースでいこうかな」。

するとご主人、

「いやぁ、六千円で十分。もし途中で足んなくなったら、追加すりゃいいんだから」と、一方的に値下げし、さっさっと厨房に引っ込んでしまった。

ガタガタッ。

ヒュヒュウッ。

窓ガラスにあたる海風の音が、二人だけの大広間に寂しく響く。

コンコンコンッ。

やがてそこに包丁の音が加わった。

二人はまだそれが、これから始まる目眩く饗宴の序奏だとは知らなかった……。

続く。